2021年 10月 12日
#745 ショパンコンクール ステージ2 その3
昨日は日本の実家に用事があったので、一旦心をポーランドから帰国させた。時差の関係で、昨夜のセッションをようやく今日の午後聴くことができたが(お昼のセッションはまだ聞いていない)、これまでで一番聴き応えのあるセッションだった。前半の3人、みんなイケてる。やっぱり日本人は日本の、ヨーロッパ人はヨーロッパの、アメリカ人はアメリカの、それぞれの民族の底にある音楽(文化や教育など含めて)が身体に流れちゃってるもんだなあと改めて感じた。
Yasuko Furumi
・ポロネーズなかなか聞かせる。自信があったから、あえて一曲目に持ってきたんだと思う。
・やはり前回書いたように、彼女の音楽はできあがっていると思う。しかし相当弾き込んでいる痕跡があって、猛烈な練習量なんじゃないだろうか。ストイックそうに見える。寝る時間を惜しんで練習するタイプとみた。こういう人は評価されてしかるべきだ、とひいきしたくなる。
・ショパン的だし、審査員好みの演奏だと思う。わたしにはちょっと真面目すぎるけども、音楽は素晴らしい。
・ダイナミックレンジの広さはフツーだと思うが、強弱とテンポでじっさいよりも大きな音楽に聞こえる。
・音色の深みがかなりいい線までいっているが、「はっ」と驚くような瞬間は多くない。
・ポロネーズ・ファンタジーを弾いた人は、わたしが聞いた中では初だったが、新鮮で、素晴らしい演奏だった。
・自分のステージをひとつのコンサートと考えた選曲と曲順にセンス、そして「わたしの音楽を聴かせる」という意思を感じる。
・ネコのワルツも繊細さがあって可愛い。Kyohei Soritaの演奏より猫がはっきり見える。
・バルカローレ、とてもいい。ピアニズムから距離を置いて、わたしはあくまでも子守歌を弾いているんです、と宣言しているように聞こえる。
・曲の雰囲気や背景が表に出てくる感情豊かな演奏だが、自分勝手なエモーショナルな揺らぎがないから安心して聴いていられる。
・でもこの人、なんでもない不思議なところでミスをする。なんだかムダなミスのように感じるが、彼女の集中のバランスがそういう風にできあがっているんだろう。練習の量が多いように感じるのは、このミスを削り取るためのものかもしれない。
・この2次はクリアできたはずだが、3次が正念場になると思う。
Alexander Gadjiev
・登場時になんとなく客席がざわめいているのは、期待されているからか?
・選曲に自分のコンサートにしようという意思が感じられる。
・なんだかとてもヨーロッパを感じる。
・ピアノを弾く技術がスゴい。それでもKyohei Soritaの方が技術的には上だ。
・弾くとなんでも音楽になってしまうような驚くべきセンスがある(つまりこういうのを天才的だっていうんだと思う)。うーん、どうしてもこのふたりを比べたくなる。おそらくファイナルはこのふたりを中心にした争いとなるだろう。鋼鉄のようなSoritaの演奏にはない、ヨーロッパの哀愁やら空気感をこの人の演奏に感じる。そのヨーロッパ的な香りが審査員を酔わせるような気がしてならない。
・弱音の高音域の音の美しさはとても印象的だ。
・いろいろな音色を持っていて、自在に引き出しから出してくる。
・一音一音がはっきりしている。しっかり弾き切れている。メロディアスな部分でも、しっかり左手が歌うべき低音で支えている。
・個人的には直前でYasuko Furumiが弾いたバルカローレを徹底的に子守歌とした解釈が好きだが、いかんせん技術力がちがいすぎる。
・ミスはまあまああるが、目立たない。というか、不思議なことにはミスがあるから、なんとなく安心する。まだ伸びしろがあるから、新人コンクールにもふさわしいと思わせる。まさかわざとやってないよね? と思わせるくらい落ちついた演奏をする。
・弾き終わると次の曲を楽しみに待っている自分がいる。
・パーカーフェイスで、どこかしら人を食ったような顔つきをしているが、音楽は優しい。
・バラードもいい。極めて印象的な静けさだ。しかし、中間部からのこれほど激烈なパート、この曲にほんとに必要なのかね、ショパンさん?
・とてもコンサート慣れしているように見える。Kyohei Soritaと同じようにすでに現役で活躍しているような気がする(自分の感想に余分な先入観が入り込むのは困るので、演奏者に関するGoogle検索は一切しないことにしている。コンクールが終わって、いろいろと演奏者のことを調べるのが待ちきれない)。
・100%確実に最終選考まで進む。
Avery Gagliano
・アメリカ人の女性演奏者。今回初めだ。
・音がとてもキレイだ。技術的にもとても安定している。
・遅めのバラードのテンポが独特だ。
・バラードが不必要にドラマティックにならないように、ならないようにと努力している様子がわかる。
・Alexander Gadjievを聴いたあとだからか、ヨーロッパの香りゼロだ。日本人の演奏者に近い。
・聞こえてくる音楽の粒が比較的大きい。優しいが繊細とは少し違う。
・弱音の静けさのなかで、いまひとつ音楽が緊張を孕んでいない。
・ダイナミックレンジが大きい方側に触れていて、弱音側にやや狭く、音楽世界の広がりに欠ける恨みがある。
・なんだか難しいことを言わないサロンミュージックを地で行っていて、それはそれでショパンらしいとも思うけれども、ことわたしに関して言えば、音楽に求めているのは耳触りの良さではなく、精神的な安寧や沈潜なので、いまひとつピンとこない。でも、変ホのポロネーズの出来はかなりいい。精神的な深みは一切感じないが、音楽の出来はとてもいい。
・ミスの少なさは驚くほどで、間違いなく参加者一だ。これは全曲ともに、テンポをやや遅めに取っていることと関係があるとは思う。この正確さが彼女の最大の持ち味だろう。
・カーネギーホールで拍手喝采が止まないっていう光景が目に浮かぶ。やっぱりアメリカ人って繊細な方向には進まないんだなあと、改めて思った。
・3次に進むと思う。
2021年 10月 11日
#744 ショパンコンクール その3
Hayato Sumino
・出だし、固い。そして、その固さが結局最後までつづいてしまった。
・音楽が小さい。外に広がっていかない。
・前回よりも曲に集中できていない。
・曲の世界に行けず、こちら側の世界に留まって、どこかしら足掻いている気配がある。簡単に言うと、曲に乗り切れていない。
・出てくる音はとてもキレイだと思う。
・このロンド、Kyohei Soritaと同じ選曲だったが、やっぱり難しい曲なんだと思う。明るい軽やかさを表現しなくてはならないんだろうが、どこかしら曲の中に明るい方一辺倒に行かないようにする、いやらしい要素が隠れていて、演奏家の邪魔をしているような感じだ。
・へ長のバラード。うーん、曲が嫌いだ。
・彼が弾きたい音楽の像は一歩先に見えているけれども、なぜか今日はそこに足を踏み入れることを、曲側から拒絶されている感じがあった。
・4曲すべてが長調という選曲は驚きだ。うーん、バラードとポロネーズの短調セクションが唯一ムーディーだが、やっぱり聴いていてやや飽きる。なんとなく彼って、こういう傾向の音楽が好きなんだろうなあ、って想像する。そんな明るい方に傾いた中での変ホのワルツの選曲はやり過ぎだったと思う。よほど個性的な演奏でないと評価されにくいはずだ。そしてその後に、あの誰でも知っている英雄ポロネーズ。なんだか名曲シリーズみたいになっちゃった。
・でもポロネーズの演奏はありがちなショパンから距離を置いていて、とても柔らかくて素敵だった。いやあ、これは良かった! きっとピアノを習い始めた頃からこの曲が大好きで、どうしてもショパンコンクールで弾きたかった、そして第2次予選に進んだことでついにその夢が叶った、という気がしてならなかった。ちょっと泣けた。でも、これでお別れかもしれない。当落の瀬戸際にいると思う。
Youtong Sun
・イ長のバラードの出だしから「おー!」という変わったアプローチで驚かされる。
・ほぼ丸一日、ショパンを聴きつづけたから、いい加減疲れて、Hayato Suminoが終わったら、風呂に入ってビールを飲もうと思っていたが、出だしを聴いて椅子に留まる気になった。
・いい。かなり好きだ。音楽にはこういう地平がないといけない。うーん、いい、とっても好きだ。
・たぶん保守系審査員には不評だろうなあ。でも、ショパンでもこの程度はやってもらわないと、いつまで経っても時代は変わらない。この演奏は叙情優先だとか、音符優先だとかのありがちな議論から、ちょっと離れたところある。
・音楽自体は極めて安定して前に進んでいく。どこかしら蒸気機関車を連想させる重厚な演奏だ。
・頻繁にミスがあって、かなり耳に付く。でも、こんなミスは音楽のウチだ、という、ふてぶてしさで乗り越えていくところがスゴい。なんだか萩本欽一がギャグでわざとミスっている感じ(爆)! じつは顔が似ている。
・この人のベートヴェンを聴いてみたい! ハッキリ言って、ショパンコンクールには向いてないけど、かなりの逸材だと思う。
Tomoharu Ushida
・出だし、あまり良くない。固い。音が濁ってる。
・でも、あっという間に持ち直した。徐々に自分の世界を広げている。
・技術的に安定していて、聴いていて不安がない。
・バラードとてもいい。左手と右手の差がなく明確に弾いているところが気持ちいい。でも、ダイナミックレンジが狭い。もっと音楽にダイナミズムを与えて世界を広げてほしい。
・だからかどうか、突き抜けた点や、おやっ、と言う点がない。あくまでもオーソドックスなショパンの演奏を目指しているところが物足りない。でも、審査員はこういった演奏は否定しないと思う。なんというか、超模範的なショパンなのだ。
・うーん、選曲を含めて、どこをどう聴いても中庸だ。日本のピアノ教育の文化と歴史がこの人の身体に息づいている。だから良くも悪くも突出できない。ここまでの音楽ができれば、日本の音楽界ではうまく生きていけるだろう。でもこの殻を破らない限り、世界的な活躍は難しいと思う。
・英雄ポロネーズも自然に流れていて悪くないが、テンポにその場限りの揺れがあるところが気になる。Hayato Suminoの解釈の方が好きだ。というか、こういう有名曲って、なんとか別な調理方法を考えてほしい。
・3次には残ると思う。というのは、落とす理由があまり見当たらないからだ。
・彼が汗を落としながら必死で弾いている姿を見ていると、名曲の効果もあって、なんだか泣けてきた。みんなほんとうに必死で頑張ってるよな。負けるな、ガンバレ!
Andrzej Wiercinski
・いいねえ、さすがのポーランド人。ヘ短調バラードの暗鬱さがポーランドの冬だ。行ったことないけど。結露した内窓から水滴が垂れ落ち、ガラスの向こうに葉を落とした街路樹が見えるような演奏だけど、でも、ちょっとミスが多すぎるかも。まあ地元の有利さを生かして聴かなかったことにしてもらえるだろう。
・スミマセン、真ん中の2曲の間、風呂入ってました。でも上がるなりすぐにビール飲んで、復帰しました。
・英雄ポロネーズもさすがのショパンの国という感じの、味わいのある演奏だ。それにしても、この人、ミス多過ぎ! ポーランド人じゃなかったら、3次は微妙なところだけど、地元の利があって通過するかも。それにしても、ちょっとねえ、ミスの数がねえ。
Yuchong Wu
・恣意的なテンポの揺れがあり過ぎて、あまり気持ちが良くない。
・音楽の流れを妨げるほどではないが、思いつきの「間」が至るところにあって(日本の演歌歌手のように)聞きづらい。ラン・ランのゴルドベルグを思い出した。
・でも中国人のピアニストって、個性的で日本人の演奏より、聴いていて楽しい。やっぱり国民性とか音楽文化の違いって大きいと思った。
・演奏の途中で、いつの間にかジャケットからシャツの襟が飛び出しちゃったのが素敵だ(もしかして初めから?)。あと、マイクに時々不思議な声が混ざってくるが、歌いながら演奏しているところがグールドみたいで嬉しい!
・でも、音楽って、自分の解釈を人に理解させるものではないと思うんだよね。聞こえていない音に自分が奏でる音をそっと載せて、風のように人の耳に運んで行くものだと思うんだ。だから恣意的な速度変化や音量変化って好きじゃない。それをやればやるほど音楽から離れていくと思う。
・変ホのポロネーズは同じ選曲のKyohei Soritaとは比較にならないほど解釈が浅い。テンポを遅くして、弱音にすれば、それらしくなるって甘く見ている。音楽はそういうものじゃない。まあまだかなり若そうだから、これからだ、頑張ってほしい。
・と言う点で、たぶん保守的な審査員とわたしの好みは、敵の敵は味方的な感じで一致するように思う。「これはショパンじゃない!」って息巻いている審査員が目に浮かぶ。しかしこのショパンコンクールの審査って、おそらくとんでもないほど政治的で、権威主義的で、派閥争いに明け暮れている怖ろしい世界なんだろうなあー。
これでお昼の部は終わりだけど、さすがに夜の部は明日の録画で観ることにする。で、いったいショパンコンクールっていつ終わるの? 1日8時間近くもショパンだけを聴いていると、いいかげん疲れてきたよ。でも演奏者が頑張っている限り、私も頑張る。
2021年 10月 11日
#744 ショパンコンクール ステージ2 その2
ショパンコンクール2次予選のつづき
Talon Smith
・音量が安定していない。
・音楽の流れが、ややゴツゴツして、ときどき流れがつっかえるところが気になる。
・意図的ではないと思われる、細かなテンポの揺れが気になる。
・Miyo Shindoがラストに持ってきた嬰への舟歌の後に、たまたま出だしに同じ曲を持ってきたから、審査員や聴衆は比較しやすい状態で聞くことになった。運が悪かった。彼女の後なので、とっても凡庸に聞こえた。
・多くの曲で左手の低音部が添え物的になっている。たぶん技術的にまだ成熟途中なんだと思う。
・全体的に「ただ弾いているだけ」だ。
・うーん、ここまでが限界だと思う。
・しかしそういえばアメリカ人の参加者聴いたの初めて。少ないのかな。
Kyohei Sorita
・開始の一音から、猛烈な安定感を感じる。自分の音楽に一切の迷いがない。
・聴衆を自分の音楽に引き込もうする明確な意思が感じられる。
・やっぱりこのダイナミックレンジの驚異的な幅にはやられる。聴衆がやられているのがわかる。
・もしかしてマイクのボリューム制限に引っ掛かっているのか? なぜか突然演奏の途中でボリュームが下がる。もし故障じゃないとすれば、それはこの人の恐るべきダイナミックレンジの幅によるものだ。
・弱音になったときに、「うわー」っと思わずのけぞる繊細さがある。
・このロンド初めて聴いたけど、面白くない曲の割に(あるいはだからこそ)、弾くのが難しそうだ。審査員に向けたクロート選曲なのかもしれない。
・変ホのポロネーズ。なんだか前の3曲を前座にして、この曲になだれ込んだという感じだった。選曲と曲順でも審査員に挑戦しているような気がする。演奏そのものについては、これは私なんかには何もいうことはない。少なくとも、ピアノを弾くという技術においては、他の多くの演奏がピアノ教室の発表会レベルに思えてしまうほどの開きがある。
・聴衆が彼の音楽に圧倒されて、呑み込まれているのが手に取るように分かる。
・なんだか意図的にこの日の演奏順がこの人がトリになるように仕組まれていたとさえ感じる。
・今回のコンクールに限らないのかもしれないが、ここまで聴いた限りではファイナルでのレベル争いが相当熾烈なものになることが予想される。なんだかもうすでに緊張している自分がいる。ファイナルは絶対にライブで聴くって決めている。
・でも、この人の音楽聴いても、まったく癒やされない。この点がこの人が向かっている音楽の方向における、重要なポイントだと思う。ポリーニやアルゲリッチの音楽で癒やされたことがない私だからこそ、彼の音楽の方向が分かるような気がするのだ。恐らく正統ピアニズムとはそういうものなんだろう。だからこそ、ドシロートのわたしには理解できないのだ。簡単に言うと、叙情性はシロートにわかりやすいが、正統的なピアニズムは演奏者でないと理解しにくいのだ。
私は、ただ聴くだけの人だから、基本的に音楽は慰安であって欲しいと思っている。だから日本音楽界としては型破りなこの人の応援はするが、好きにはなれない。つくづくスゴい音楽だと思うし、コンクールを自分の演奏会にしてしまう力業には敬服するしかない。でもわたしには彼の心がどこにあるのかわからない。透徹しているという言葉がこれほど当てはまる音楽家は多くない。
Syu-Yu Su
・ピアノを弾く技術力はあると思う。
・時々いい音を鳴らしている。
・でも、彼女は自分の音楽がどの方向を向いているのかまだわかっていないと思う。
・音楽の流れがときどき澱む、音が濁る。
・出てくる音がスタインウェイだなあーって感じが強い。彼女の味がない。
・聴いていて面白くならない。
・どの曲も同じに聞こえる。楽譜に書かれた音符を弾くことから先に進んでいない。自分の世界がない。
・ヘ短調バラードが今ひとつバラードっぽくない。聴いていてだんだん飽きてくる。
・彼女の実力なりの選曲だろうが、アピール度が低い
・3次に残れるかどうかは他の演奏者の出来次第という微妙な実力だと思う。ファイナルに残る実力はない。
・というか、ハッキリ言おう、Miyo ShindoとKyohei Soritaを聴いた後では物足りなさ過ぎる。で、ここにきて初めて疑問が湧いてきた。ショパンコンクールって、こんなに長い期間やる必要ってあるの? ここまで段階的にやらなくても実力はわかるんじゃないのか? というか、ほぼ一曲でわかるはずだ。まあ、たぶん母国の誇る音楽家のためのイベントなんだね。