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#258 アップルパイ

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「ねえ、今夜の忘年会って、あんまり食べるものないわよね?」
 彼女はバイパスの先にマクドナルドのサインが見えたタイミングでそういって、彼の同意を求めた。ふたりが付き合い始めて3年になる。
「そうだね」
 彼はそう答えた。忘年会が食べ放題、飲み放題であることを彼女が知らないはずはなかった。理由がほしいだけだ。
「どうしようかしら」
「わかった」
 彼はちかづいてきたマックの駐車場に車を入れた。夕空はまだ暮れきってはいなかった。彼女は窓際の座席に坐って、空を見上げた。彼はカウンターに行き、注文をした。その間、彼らは一言も口をきかなかった。彼はプレミアム・コーヒーふたつを注文した。そして彼女のいる窓際の席を振り返った。彼女は空を見上げていた。彼はアップルパイを注文した。
 彼女は彼がトレイをテーブルに置くなり、アップルパイに手を伸ばした。
「ほんとうに好きなんだなあ」
 彼女は頷き、ほんとうに好きなのは、アップルパイじゃないわよ、とこころのなかでそっと呟いた。パイの熱い中身が舌を焼いたけれども、彼女はすこしも気にしなかった。
 with GRD3 2009/12/18撮影 コザ
by bbbesdur | 2009-12-21 00:30 | 短編小説