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#227 言葉は魔法

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 8年ぶりに会った彼女はずいぶん老けて見えた。
「ぜんぜん変わらないね」
 なぜそんなことをいってしまったのか、わたしはそう口を滑らしてしまった。案の定彼女は、
「あなた嘘つきね」
 といってわたしを見た。わたしは失敗したとおもった。この8年間、嘘などついたことがなかったのに、なぜこんな重要な場面で。
 彼女は、
「あなたこそ、ちっとも変わらない」
 といった。
「そうかな、白髪も出てきたんだけど」
 わたしはそういって、前髪を一束つまんでみせた。
「ちがうわよ。嘘がヘタなのが、ちっとも変わらないっていってるのよ」
 わたしは元気なく笑った。8年前、彼女は「あなたは嘘がヘタだから」といって去っていった。わたしがいちどだけした浮気のあくる日のことだった。
 それから8年間、わたしはけっして女性には嘘をつくまいとおもって暮らしてきた。ヘタな嘘ならつかなければいいのだ、とおもいきめて。それなのにわたしは、なぜか女性から疎んじられ、会社でもほかの男よりもぞんざいに扱われた。
 それでもわたしは彼女が与えてくれた大切な教訓を生かさなくてはならないとおもって、今日まで女性に嘘をつかずに生きてきたのだ。
 8年ぶりについた嘘だった。またしても彼女に対して。わたしは失敗を悟った。なぜ肝腎なときに誓いを破ってしまったのか。それはきっとわたしがいまだに彼女を愛しているからだ。愛しているから嘘をついてしまうのだ。愛していないと嘘がつけるのかもしれない。そんなバカな。ではわたしは愛している女性に対しては永遠の嘘つきでいつづけるしかないのか。わたしにはこれから死ぬまでにつく嘘の数と重みに耐えられる自信がなかった。だからわたしは正直に自分の気持ちをいった。
「8年ぶりの嘘だったんだ。ほんとうは君はだいぶ老けたよ。でもいまでも愛してる」
 と。
 彼女はさめざめと泣いた。わたしの正直さをわかってくれたのだ。そうおもって肩に手を乗せたわたしに、
「あなたを殺したいわ」
 といって、恐ろしい形相をして睨むと、いきなり平手打ちでわたしの頬を張った。まったくの手加減なしに。翌日わたしは髭も剃れず、同僚には頬についた指の跡を指摘された。
 わたしはいま、無条件で女性には二度とほんとうのことはいうまい、とこころにいい聴かせている。けれども、じつのところ、どうしていいのかわからないのだ。嘘をつくか、真実を語るか? だれか、わたしに適切かつ正確なアドバイスをくれないか? 嘘と真実を魔法のように使い分けている君、教えてくれよ。こういうときはこう、とか、こんなシーンではこう、といった条件付きでは困るんだ。だってわかるだろう、わたしはとっても不器用なのだから。どっちかひとつにしてほしいんだ。
 with D700 DISTAGON T* 2.8/25mm ZF 2009/8/16撮影 那覇
by bbbesdur | 2009-11-09 22:01 | 短編小説