2009年 10月 28日
#218 ある晴れた日に
オフィスの壁際に白い固まりがうごいている。見ると白い子猫だ。まだ乳離れする時期ではないのに、母親はいないという。このオフィスで働いている若い女性伍長がチェペル裏の茂みで鳴いているのを見つけて拾ってきたのだ。この子猫は幸運だった。なにしろ伍長は米陸軍の動物病院で働いているのだから。
仕事が終わって動物病院の裏扉をあけるとたくさんの犬が鳴いた。隣りの施設は飼い主を失ったペットたちの保管場所なのだ。檻に近づくと犬たちは騒いだ。そのなかに自分の運命を知っているとしかおもえない声で遠吠えをする犬がいた。ひくく、ながく、「クォーン、クォーン」と余韻を引くように鳴くのだ。
子猫を抱いた伍長が背後からやってきて、ぼくの脇に立った。
「シェパードとシバのミックスなのよ。とても優しい犬なの」
柴犬の毛をしたほっそりとした中型犬だが、顔つきはシェパードだ。
「あなた、犬を飼ったことはある?」
伍長の言葉の真意はすぐにわかった。
「ある。5年前に死んで、もう飼わないと決めたんだ」
「そう」
伍長はそういって子猫の頭を撫でた。
おそらく飼い主はこの犬を日本に置きざりにして本国にもどってしまったのだろう。「蝶々夫人」のピンカートンのように。
「ひどいことをするね」
「あなたのいいたいことはわかるわ。でもいろいろと事情もあるのよ」
ぼくはその事情とやらを訊きたい衝動に駆られたが、しかしいったん聴いてしまうと後に引けなくなるような気がした。
「そうだろうね」
ぼくはただそういって檻を離れて、車に向かった。悲しげな鳴き声が背後から追ってきた。ぼくはなんども足を止めかけたが、振り返って伍長の目を見る勇気はなかった。
with GRD3 2009/10/28撮影 キャンプ座間