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#146 アクアマリンの瞳 第5回

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 やってくる風は初夏だというのに冷たくて、うっすらと汗ばんだ肌が気味悪く冷えてきます。どういうわけだか、もうすぐ冬になるとわたしはおもったのです。そのときです、自分を覆いつくす黒いマントのような悲しみに気づいたのは。でもどうして悲しいのかはわからなかった。そうだ、今年は妹に新しいブーツを買ってあげよう、と自分を元気づけて、ブーツの色に想いを凝らしました。ブラウン、ベージュ、アイボリーや黒や赤と、ブーツを履いた妹の姿を想い描いたのですが、どれもが似合わなかった。なにかがぴったりこなかった。
 左手におおきな病院が見えてきました。白くてずいぶん立派な病院でした。自転車はいったん病院を行き過ぎてから、唐突に路地を左に入りました。わたしが小走りになって路地に飛び込んだ瞬間でした。目の前に真っ赤な閃光が輝き、爆音のようなサイレンが鳴ったのです。わたしはつんのめって倒れ、おおきな影が頭上を覆いました。すぐに車を降りてきた救急隊員たちは、わたしの脇に倒れている妹を担架に乗せ、いまきた方角へと救急車をバックさせて、急発進したのです。時間が逆行するようで不思議なこころもちでした。わたしは次第に遠くなる意識のなかで、これが生きた妹を見た最後となったことをようやく理解したのです。そういうことだったのか。そして気がついたとき、わたしは一匹の猫に見つめられていたのです。目がおそろしいほど透き通ったアクアマリンの瞳に。
 つづく
 with GRDII 2009/2/23撮影 那覇
by bbbesdur | 2009-06-23 22:10 | 短編小説