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港の食堂

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 ひとり息子。ふたりめを作らなかったのは、妻があまり丈夫ではなかったから。沖縄でひとりっ子は珍しい。兄弟がいなかったからかどうかわからないが、中学、高校とグレて困った。タバコや酒くらいはおおめに見たが、夜中にタバコを買いに外に出たとき、バイクの後部座席にまたがって、へんちくりんな旗を振っている姿を見たときは、こころの底からがっかりした。自分や妻の責任だろうか、とおもった。しかし育て方のどこがまちがっていたのかわからなかった。普通の親がやるようなことをやってきたつもりだった。息子は高校2年のときに家を飛び出し、それっきり音信不通となった。妻とともに途方に暮れた。不幸だとおもった。
 それからずいぶん時が経ったある朝、店の経営者がひとりの丸坊主の若者を連れてきて、それは息子だった。息子がわたしの職場を知っていたのかどうか、いまもわからないままだ。いつか訊こうとおもって、ずいぶん経った。息子が働くようになってからもう7年になる。まさかおなじ店に雇われるとはおもってもみなかった。いまではもう答えなんてどうでもいい。朝、「おはよう」といってすこしばかりの笑顔を交わし、夜、「さよなら」といってお互い港の暗がりに消えてゆくだけのことが、どれだけ幸福なことかわかっているつもりだ。
 with GRD2 2009/2/24 那覇
by bbbesdur | 2009-02-24 23:13 | 短編小説