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#735 ひとりオクラホマ・ミキサー


 新刊の『ザ・リトル・レッド・ブック・オブ・フライフィッシング』が校了したので、来年のリサーチかたがた1泊2日の弾丸で北アルプスへ行ってきた。とか言いつつ、じつは場所のリサーチというよりは、新しいソロテントの機能性を確認したかったのだ=早く使ってみたかった(笑)。わたしのキャンプ用品選びは、基本がイエローストーンで使用可能かどうかである。つまり寒くなければテストにならない。

 旅のベースとなるウエスト・イエローストーンの緯度は、日本で言えば道北あたり。で、標高は2000メートルほどだから、大雪山の頂上付近というイメージが近いだろう。大雪山だったら、わたしでも油断しない、と思う。でも夏のウエスト・イエローストーンはうんざりするほど観光客がいる街だし、日中はアイスクリームが必需なほど暑いから、ついついダマされる。で、そこから、かなり車で登った上、さらに歩いて登るからキャンプ地はトーゼン寒くて、夏の朝晩は零下前後が当たり前だ。だからついつい毎日キャンプファイヤーをするわけだが、火が消えてテントに戻るとかえって寒さが身に沁みる。これをわたしは「湯冷め」と呼んでいるが、湯冷めした身体を温めるには、テントの中を自分の身体で温めるしかない。だからほんとうは外でキャンプファイヤーするくらいなら、同じ時間を使ってテントの中で36℃の人間ストーブをやっていた方がいい。これをわたしは人間アルコール・ストーブと呼んでいる。言うまでもなくアルコールは必携となり、荷物が増えるが、飲料用のアルコールは不思議とその重みが苦にならない。

 テントの中で火を使うことに関してはいろいろな意見があっても、少なくともソロテントに限って言えば、わたし自身は絶対のタブーとしている。寒いといっても北極の零下20度の中で寝るわけではないのだ。片道の行程が2日以上の野営地で万が一、テントを燃やしてしまった場合、自力脱出は不可能となる。一酸化中毒はイエローストーンで死ねる点では本望だが、もう少しだけ釣りをしたいから、止めておく。いずれにしても人間アルコール・ストーブをやった後の自分がどうなるのかは、これまでの愚かしい人生で死ぬほど経験してきている。でも、ほんとうに死ぬのはイヤだ。万が一のことがあった場合、電波が届かないところが大半だし、そもそも人がいないから釣れるというところに来ているのだ。で、トラブルはきっと夜に起こるから、凍死を防ぐためには、一晩中ひとりでタンゴを踊りつづけるしかない。でもタンゴなんて踊れないわたしは、オクラホマ・ミキサーを踊るしかない。たぶん相当悲しいはずだが、グリズリーが気味悪がって近づかなくなるというメリットもある。夜のトレイルはグリズリーやウルフのワイルド・ハイウェイと呼ばれているから、歩いて戻ろうとするのは余りに危険なのだ。どれほど長い夜になるだろう。白んだ東空から太陽が姿を現したとき、わたしは本当の生の喜びを知るだろう。そういう逆境が人を育てるとすれば、還暦を過ぎても未熟なわたしに足りなかったのは、ひとりオクラホマ・ミキサーだったのかもしれない。それはともかく、それが一晩だけのことなら、なんとかなると思う。でも、行程が長く、途中でもう一晩オクラホマミキサーを踊れ、となると、たぶん精神的にかなり厳しいと思う。オクラホマ・ミキサーは好きなあの子と手を握る順番がやってくるからこそ、踊っていられるのであって、基本ひとりで踊るものではないのだ。ところで、ミキサーの意味が踊り相手がミックスされるからだって知ってた?(つづく)。


by bbbesdur | 2021-09-16 18:12 | flyfishing