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#732 娘が教えてくれたこと

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昨日、産後に里帰りしていた娘と初孫が遠く離れた自宅へ帰っていった。こんなに濃密で短く感じた1ヶ月間は記憶にない。その間には大晦日と正月があったはずだが、それもほとんど記憶にない。覚えているのは青年期以降いっさいの神頼みを否定してきたわたしが、買い物に行くフリをしてこっそり初詣に行き、初めて本気で神様に娘たちの加護を祈ったことだけだ。この1ヶ月の間に、わたしの中で明らかに何かが変容した。

今日の夕暮れ、家に帰ってきて2階に上がり、その日の朝まで娘が使っていた寝室の扉を開けると、布団が敷きっぱなしになっていた。授乳のために昼夜の区別なく、寝たり起きたりしなければならず、敷きっぱなしにしていた布団が、いまはひっそりと平たく、そして冷たく横たわっている。けれどもわたしの目にはまだ見えている。飲んだ母乳を吐き戻してしまった赤ん坊が火が付いたように泣きつづけた日の夜、母親の責任を感じて泣いていた娘の姿が。

完璧な母親なんてどこにもいない。赤ん坊が生まれたからといって、突然立派な母親に変身できるわけないじゃないか。母親というのは子供といっしょに成長していくんだ。焦っちゃだめだよ、ひとりじゃなくてふたりで生きていくんだ。わたしはあらゆる言葉を使って娘の気持ちを少しでも楽にしようと努力した。

出産後、むくみの取れない足を風呂上がりに時間をかけて揉んであげたら、2日間でむくみが取れた。ただでさえすべてが不安な状況の中で、ひとつでも娘の悩みの種を減らすことができて、わたしはほんとうに嬉しかった。それからは毎晩寝る前に、赤ん坊を抱き疲れた娘の肩と腰を揉んだ。毎晩、娘は「お父さん、いいかな?」と遠慮がちに、わたしの部屋に声を掛けにきた。普段、自分からは頼み事をしない性格だけに、やはりかなり疲れているということがわかった。娘は揉み終わったあと、過剰なほどありがたがったが、わたしには娘の手助けをできることが嬉しくてならなかったのだ。

この部屋にはまだそんな記憶のこだまがひっそりと息づいている。わたしは今、部屋の入口に立ち尽くして、泣いている。娘が嫁いだときも、こんな気持ちにはならなかった。結婚式のスライドショーでも泣かなかったわたしが、今は自分の泪を止めることができない。もしこれをほんとうの愛情というならば、今までの62年間、わたしはほんとうの愛情を知らないで生きてきたことになる。たぶん、そうだったのだ。

赤ん坊が母親に愛情の所在を教え、赤ん坊は母親から溢れるほどの愛情を授かる。長い間、わたしは愛情が双方向の感情だと思っていたが、それがまちがっていたことにようやく気づいた。愛情は循環しているのだ。一方通行でもなく、双方向でもなく、ぐるぐると輪のように。そしてなによりも信じられないことは、愛情にほとんど無縁だったそんなわたしが、今、娘に手を引かれて、その循環の輪の中に入っていこうとしている。


by bbbesdur | 2021-01-18 18:16 | around tokyo