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#731 わたしたちには音楽がある

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娘に男の子が生まれて、お祝いに音楽をプレゼントしようと思いたち、時期的、かつ状況的にいってヘンデルのメサイアがふさわしいと考え、迷惑を承知で全曲聴いてもらうことにした。どうせ寝てる時間の方が多いんだから、2時間半の演奏もたいしたこともないはずだし()

しょうちゃんに聴いてもらったのは、The Sixteen(ザ・シックスティーン & ハリー・クリストファーズ)というイギリスの団体で合唱はたったの16人。楽器はヘンデルが生きていた当時の現物を使った小編成だけど、数あるメサイアの中でも名演中の名演中の名演だ。

メサイアにはオケは良いけど、独唱と合唱がイマイチっていう演奏が多いんだけど、これはどっちも凄い。お互いを聴き合いながら、同じ音楽を演奏している努力が目に見えるようだ。メサイアのような大曲になると、ただお互いがガンバルっていう演奏になりがちなんだけどそれがない。このあたりは指揮者のウデなんだろうけど、楽器と声が文字通り等価に聴こえる。楽器も巧いけど、独唱と合唱の巧さが際立つ。ことにアルトのソロが独特。入りとフレーズの途中に音程(ピッチと呼ぶべき範囲内で)がふらつくことがあるけども、慣れてくるとこの人の「歌」に魅惑されてくる。こんなに力が抜け、かつ叙情的なメサイアのアルトソロは他にはない。他のソリストも基本的には自分の持ち分をわきまえた歌い方をしていて、オペラアリアを歌うようなありがちな勘ちがいをしていない。ただ公平に聴くと、やっぱり声の質と歌の技巧は鈴木雅明のバッハでも歌っているソプラノのキャロリン・トンプソンが傑出している。この人の声を聴いて、メロメロにならないクラシックファンの男を想像できない。

しかしながら、なんといってもこの盤の最大の魅力は合唱だ。合唱はハモってこそ合唱っていう見本がここにある。レガートってこうやって歌うんだって見本もここにある。なんたって全員でたった16人しかいないことの風通しの良さがある。全曲中にはテンポが乱れる多少のキズはあるけど、聴き手にそんな細かいことどうだって良いじゃん、って思わせるところがスゴい。Rejoiceのソプラノソロと弦楽器の掛け合いの小気味よさ、Behold the lamb of godでイエス・キリストの礫刑が見えた、って言うと大げさに聴こえるだろうけど(そもそもメサイアは歌詞の出典からしてイエス・キリストを強く暗示していながらも、必ずしもそう規定してはおらず、あくまでも「救世主」をテーマにしている)、聴いてみればぼくのいってることがわかるはずだ。Surely の合唱と弦の全音での不協和音や印象的な弦のシンコペーション、愉しかったAll we like sheepの最後半のマエストーソぶりにシビれ、Why do the nationのバスソロにピッタリ寄り添うような弦合奏の小気味良さ、Let usのテナーパートの入りが、ありがちな唐突さと訣別していて、ハレルヤではking of kingに戻ってくるところで全曲中最大のリタルダンドを掛けていて、こんな全曲インテンポのスッキリの演奏(ガーディナー以来スタンダードになった)に、いきなりフルトヴェングラーが出現したようなロマンティックぶりに涙腺の堤防が決壊し、I know that redeemerのソプラノソロの声音が可憐この上なく、弱音処理の巧さったらなく、Since by man cameの合唱の出だしは神がかっているとしかいいようがなく、途中でアルトのパートが強くなるのは珍しく、Trumpet shall soundのトランペットは音が鄙びていて、それほど輝かしくないところがかえって良い。そのあとのO death のデュエット最高。Worthy is the lambの出だしの揺らぐような抑揚で、いよいよアーメン・コーラスに入るぞという直前のタイミングでのいきなりの空隙はワルターのモーツアルト40番のルフト・パウゼ、もしくはフルトヴェングラーの第9のコーダを彷彿とさせ、楽器が入ってからの合唱と楽器の綾なすメロディーラインは泪なしには聞くことができない。そして全曲最後の最後のリタルダンドと、その直後のまさかの2匹目のどじょう狙いのゲネラルパウゼ。初めてこの盤を聴いたときには、じつはこの無音の空隙のショックで嗚咽してしまって、いつの間にか全曲が終わってた。この空隙に2時間半の音楽のすべてが詰まっている。世紀の名盤です! 明らかに音楽が後半に進むにつれて、物語的に盛り上がってきているのがわかる。「イエス・キリストが生まれてほんとうに良かったー」ってみんなで祝福している喜びが聴こえてくるメサイアってこの盤以外に知らない。

指揮者は相当細かい指示を出すタイプにまちがいないんだけども、その割には緊張感がみなぎっているというより、全体的に力が抜けている印象が強いから不思議だ。あと合唱の言葉がはっきり聴こえる録音というのも案外少ないものだ。そもそも合唱団が母体で、あとから器楽群が加わった団体って、かなり珍しいはずだが、その一般とは逆な順序がこの団体の声と楽器の超絶的なアンサンブルの源だと思う。

年末の大掃除はこの演奏を掃除機に負けない大音量で聴きながらが始めるがお薦めだ。きっと掃除の手を止めて、結局じっくり聴いてしまうことだろう。元々掃除なんてしたくないはずだし()

当然、ぼくのようにマタイを探したくなる人も多いだろうけど、うーん、まだ出てない。でもきっと出すって期待しちゃう! 残念ながら当面来日の予定はないみたいだ。もしこんな演奏をライブで聴いたらハンカチじゃ足りなくて、バスタオルが必要だと思う。

しょうちゃん、誕生おめでとう。キミが生まれた世界には音楽という友達がいるんだ。


by bbbesdur | 2020-12-29 13:52 | around tokyo