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#705 コスモポリタンの夜明け

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 アラベラ・シュタインバッハのお母さんは日本人だそうで、だからミドルネームが「美歩」だ。かつてジェンダー問題のなかった古き良き時代に、吉田秀和はバイオリニストは美しい女流でなければならない、と言い放ったが、こんなに立ち姿が美しい人をぼくは知らない。バイオリニストに姿勢の悪い人はいないが、アラベラはまるでシャクヤクがバイオリンを弾いているようだ。ステージに現れた瞬間から、ぼくは彼女の虜になった。奏でられる音は楽器の良さもあって、天上的な滑らかさだった。アラベラのフレージングはちょっと独特だと思う。女流でいえば今はヒラリー・ハーンの巧さが傑出していて、協奏曲弾きとしては群を抜いて巧いが、アラベラは旋律をかなり長丁場で捉えているように聴こえた。フレージングの息がとても長くて、音楽でありながら聴衆に語りかけているような具合だ。だからかどうかドラマチックな盛り上げ方は得意ではない、というかあえて盛り上げないようにしているようにさえ聴こえる。メンデルスゾーンでそれをやる奥ゆかしさが良い。ともかくなにもかもが良い。ぼくの座席は彼女を右うしろから見る位置で、演奏中の表情を見ることはできなかったけれども、顔の代わりに、ハダけた肩の筋肉の動きを見ていた。しかしそれにしてもメンデルスゾーンでなければ観客を動員できない知名度でもないだろうに、やはりアンコールで弾いたバッハがおそろしく良かった。コンチェルト弾きというよりは、ソナタ弾きなんだと思う。メンデルスゾーンのあとは、シューマンで、驚いたことには指揮はクルト・マズアの息子で、顔立ちから、もしやと思ったけど、これまたお母さんが日本人だった。クルト・マズアが日本人の女性と結婚していたなんて知らなかった! つまりメンデルスゾーンのコンチェルトは日系ドイツ人ハーフの共演だったのだ。というか、地球のコスモポリタン化は確実に進んでいて、混血とかハーフとかいう言葉が死語になりかけている。池袋で飲んで帰った。

by bbbesdur | 2018-03-11 00:09 | around tokyo