2012年 09月 03日
#595 まじめな日本の血
英語は、聞いたり、話したりしつづけないと、たちまち聞けなくなり、話せなくなる。ぼくは今現在、たまたま英語を使う営業部に属しているけれども、現実的に英語を使って仕事をする時間は1週間に数時間がいいところだ。加齢に伴い日々、英語力が落ちている昨今であり、2年前に久しぶりにアメリカに釣りに行ったとき、あまりの体たらくぶりに我ながら愕然とした。
ソルトレイクシティ空港からイエローストーンに向かう途中、ちいさな田舎町でSUBWAYに立ち寄ったのだが、カウンターの向こうの彼女がなにを言っているのかわからなかったのだ。ファーストフードショップでは、注文の手順に一種の決まりがあって、知っていればなんてことはないのだが、知らないと混乱する。それはわかっているとしても、やはりショックだった。だからその旅からもどり次第、ぼくは英語力の低下をすこしでも防ごうと、itunesのPodcast VideoでNBC TODAYを毎日視聴することにしたのだった。
それから2年が経って、この夏行ったイエローストーンではリアルタイムでTODAYを観ることができたのが、釣りをしている間に番組に変化があって驚かされた。
TODAYはNBCの看板番組のひとつで、アメリカの数あるモーニングショーの中で長い間、トップの視聴率を維持してきた。ぼくがPodcastで見始めたころはマット・ラウアーとメリディス・ビエラのペアだったが、1年前にメリディスが引退し、その後釜としてアン・カーリーが抜擢された。しかしTODAYの視聴率は徐々に低下してゆき、結局ライバルABCのGOOD MORNING AMERICAに抜かれてしまった。不人気の理由が様々なゴシップとして流れ出したが、マット・ラウアーとアン・カーリーのウマが合わない、という分析が視聴者のひとりとしては最も納得できた。ふたりとも個性的ではあっても、男女ふたりが醸し出すはずの色気がなかった。だから必然的に番組の空気にくだけた雰囲気がなく、モーニングショーが求められる朝の軽やかさを演出することができないままでいた。
だからアンが事実上クビにされたとき、ぼくは驚いたけれども、それはぼくが予想していたよりも交代がずっと早かったための驚きであって、アメリカのショー・ビジネスの厳しさを考えれば当然だともおもった。
ぼくはアン・カーリーの真面目すぎる個性をモーニングショー向きではないな、とおもいながらも応援していた。というのも彼女は母親が日本人なのだ。戦後の駐留軍にいた父親と彼女の母親の出会いは、あの時代にはありがちなパターンだったはずだ。アンは佐世保基地にある米軍の学校KING SCHOOLに通った。ぼくがいまでも仕事でときどき訪れる学校だから、あそこに通ったのかとおもうと、どうしても親近感が湧いてくる。
アンは東日本大震災のときもレポーターとしていち早く日本に飛んで来たが、崩壊した家屋を背景にした彼女が、NYのスタジオからの質問に答えたそのシーンが忘れられない。NYのスタジオの誰かは忘れたけれども、
「これだけ広範に被害が出て、誰もがなんとか自分だけは生き延びようとするような状況で、略奪や犯罪が起こるどころか、被災者たちが極めて冷静、かつ組織的に対処しているなんて、とても信じられない」
といったのだが、アンは、
「いえ、わたしには不思議でもなんでもない。日本人はそういう国民なの。道徳を重んじて、ルールに従うことを美徳としているの。これが日本なのよ」
ときっぱり言い放ったのだ。
いつも通勤電車のなかで観る1日遅れのTODAYを、モンタナでリアルタイムで観られることは喜びだったが(それでも時差のためにNYからは2時間遅れている)、見慣れたアンの姿がなかったのはやはり寂しかった。アンの再起に期待したい。
with E-M5 2012/7 ウエスト・イエローストーン