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#573 吉田秀和と小林秀雄

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 今日の朝日新聞夕刊に、丸谷才一が吉田秀和を悼む文章を書いている。徹頭徹尾絶賛しているなかで、とくにおもしろいのはモーツァルトに関する批評について小林秀雄を感傷的と切り捨てて、吉田秀和こそが正統だと言い切っている点だ。小林秀雄は文学者であって音楽家ではなかったから、ちょっと可哀想だ。ぼくは吉田秀和がモーツァルトについてだけ書いた本を読んだし、いまでもしぶとく書棚に残っているけれども、これをもってして小林秀雄の「モオツァルト」より優れているとはいいたくない。 道頓堀を歩いていたら、唐突に40番ト短調の第1主題が頭のなかに鳴り響いた、という小林の文章はいちど読んだら忘れられない。どうわすれられないかというと、一昨年、興南高校の夏の決勝戦を見に行った夜に、友人に道頓堀を案内してもらって、そのときぼくの頭にはあたりまえのように自動的にあの文章が蘇ってきて、ト短調が鳴り響いたのだから、やっぱり小林秀雄ってスゴいとおもうのだ。まあ丸谷才一は小林秀雄の文章を啖呵だといって、あんまり評価していないから仕方ない。
 もちろんぼくも音楽好きの例に漏れず、吉田秀和の著作には相当な影響を受けた。クナッパーツブッシュが振ったブルックナー7番の第2楽章で寝てしまい、起きたらまだ第2楽章だったとかいう逸話は、吉田秀和でも眠っちゃうんだから、とブルックナーを好きになる以前の10代後半のぼくを勇気づけてくれたし、ヨーロッパを旅する車中で引いてしまった風邪でグレン・グールドのゴルドベルク変奏曲を聴き損ねた、という文章には読んでいるこちらを本気でがっかりさせてしまう力があった。
 吉田秀和の文章は死ぬまであんまり変わらなかったとおもう。永遠に若い、いつも青臭い音楽青年だったという印象がある。100歳まであと2年だったけれども、最後まで色気を失わず、それがすなわち音楽なのだなあ、ともおもった。音楽ってやっぱりどこかでセレナーデなのだ。バイオリニストは美女に限る、なんていう素直な差別的発言をぼくは愛していた。ご冥福を祈る。今晩はコルトレーンを止めて、マタイでも聴こう。
with GRD3 2010/8 道頓堀
by bbbesdur | 2012-05-29 20:45 | west japan