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#517 ふたりではいられない

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 彼は3年前、六本木に本社がある事務機器会社の営業マンとして那覇にやってきた。せっかく沖縄に住むのだから、と彼はすこしだけ会社にムリをいって、海のちかくにアパートを借りた。職場までは歩いて15分ほどで、東京の通勤ラッシュに慣らされていた彼は、これはなにかのまちがいだとおもった。そして東京からやってきたおおくの人々のように、やがて彼は、なにかがまちがっているのは東京の方なのだ、とおもうようになった。
 赴任していちにちで沖縄の海が好きになり、ひとつきで沖縄そばが好きになり、ふたつきでゴーヤが好きになり、みつきでヤギが好きではないまでも食べられるようになり、半年経っておなじ職場のうちなーんちゅに恋をして、一年後には沖縄のすべてが好きになった。
 彼は女性に対して、いわゆる奥手だった。営業職でありながら顧客との会話が苦手で、そんなセールスマンなんて聞いたことがないと笑われながらも、まあまあの成績でそれまでやってきた。というのも、彼は締め日に追い込まれて、初めて本来の力を発揮できるタイプの旧来型営業マンだったのである。ことに一対一で他人と相対するのが苦手であり、〆切前日、あるいは当日になってようやく口を開く気になるのである。ひとりでなければ、誰彼なく気安い言葉も掛けられるし、わるくないジョークを飛ばしたりするのだが、一対一はどうにも苦手で、ことに女性となると、もうほとんどお手上げ状態だった。
 仕事仲間はそんな彼に、意識しすぎるからだよ、などと忠告したが、彼は、好きな人とふたりきりでいて、どうやって意識しすぎないでいられるか見当もつかないのだった。
 全身全霊をかけて目の前にいる彼女のことをおもうのである。冷や汗を掻き、口を開けばへどろもどろになり、もちろんだれにも告白したことはないが、じつはすこしだけ失禁することさえあるのだ。
 そんな奥手の彼は赴任半年で好きになった彼女に嫌われたくない一心で、けっしてふたりきりにならないよう必死で努力してきた。普通の恋とはまるで真逆のそんな努力こそ、まさに不毛の努力と呼ぶべきだったが、彼は彼なりに必死だったのである。
 彼は平安時代の、歌に託した恋の時代に焦がれた。自分のおもいを直接的に告げることはもってのほか、歌にして、それも隠喩に満ち満ちた言葉の断片で相手に伝える、その間接的な方法が尊ばれない現代こそがどうかしているのだとおもった。
 しかし恋愛とは、平安時代でなくとも、忍べば忍ぶほど滲み出てくる色が濃くなるもので、いつからか彼が彼女に恋していることは社内ではほとんど事実として語られるようになった。
 そんな彼が辞令を受けて、沖縄を離れることになったとき、慌てたのは彼ではなく、周囲であり、当の彼女本人だった。彼女はうちなーんちゅらしく、明るく、鷹揚で、開放的で、だからといって、おおくの男性と付きあったことがあるわけでもなく、じつはかなり保守的なそんなところこそがうちなーんちゅ的であり、彼女の魅力であり、彼が彼女を愛したのは、ひとつの必然だった。彼は沖縄を愛しており、その文脈の延長線上で彼女を愛していたのである。
 職場のうちなーんちゅたちは彼とは正反対にじつにシンプルな男女だった。彼と彼女を結びつけるべきだとおもい、ひとつき後の彼の離沖が決まったその日から、毎晩、打ち合わせと称した秘密の会合を持ち、しかし秘策を練るうちに奇妙に盛り上がってしまい、彼と彼女のことを相談しているはずが、二組の仲間同士がくっついてしまうという事態に陥ったのである。そこでなんとかしなくては、とおもわないところがうちなーんちゅがうちなーんちゅである由縁で、結局、真剣にかんがえたのは彼女ひとりだったのである。いまおもえば、彼女の覚悟はそのとき決まっていたのかもしれない。
 彼女ははじめのうち彼とふたりになる機会を窺ったが、逆の技術に熟達していた彼の裏を掻くことは至難だった。
 そうこうしているうちにひとつきなんてあっという間に過ぎ去ってしまい、彼が沖縄を出発する日が翌日に迫り、たちまち夜が明け、当日になり、彼から電話があったとき、彼女は前日のヤケ酒で完全な二日酔の状態にあり、彼もやけ酒を飲み過ぎていなければ電話をかけることさえできなかった。ふたりが他人の力を借りることなく、しかし泡盛の力を借りて結婚にこぎ着けたのはひとつの沖縄的奇跡であり、〆切がなければ物語が進行しない典型的な実話であった。
 この実話がここで終われば、じつにぱっとしないオチの実話らしい実話で、おそらくここにこうして、わざわざ語る気にもならなかったとおもうが、たまたま先週彼らの仲間から後日談を聞いて、わたしはこころから驚き、ここにこうして文章にしている。
「bbbさん、じつはSがふたりと一緒に新婚旅行に行ってきました」
 と職場仲間のKが那覇に出張中のわたしに語ったのである。
 海に面したバリ島の素敵なリゾートホテルに泊まり、3人でおなじ部屋に寝て、3人揃って現地の食べ物を大食いして派手に下痢をしたということで、便秘気味の彼女が喜んでいたというのである。
 もちろん、それから先の話は怖くて聞けなかった。
 一対一が怖い人が、3人でそういう怖いことをしているとは、わたしは、この歳になるまで、想像もしたことがなかった。
 with FujiFilm X10 2011/12 那覇 瀬長島
by bbbesdur | 2011-12-28 00:07 | okinawa