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#465 165cmの虫に五分の魂

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 今回の山小屋における個人占有スペースはちょうど畳一畳だった。山小屋は来るものを拒ま(め)ないという大前提があるから、登山者が増えるとそのまま小屋はふくれあがる。混雑すると3人で2畳という状況も発生するらしい。だから布団1セットにつき、枕がふたつある。もちろん女性と男性を別々の部屋に分ける余裕なんてない。ぼくの布団から、通路を挟んだ向こう側の仕切りには女性が寝ていた。
 だからかどうか、山小屋での2日目の夜、暗がりのなかで目を覚ました。窓を見上げたら、満天の星空だった。薄汚れたちいさな窓越しに、星たちの投げかける光は眩しいほどだった。
 時計を見ると午前2時過ぎだった。消灯が9時だから、身体時計が狂ってしまうのだ。寝床から這い出し、腕時計の照明で通路を照らし、1階へ降り、山小屋の外に出た。
 星座の形がわからないほどの星屑のなかに、さらに光の砂を撒き散らしたように天の川が広がっていた。この光る砂のひとつひとつが銀河系の恒星だなんて、どうやって信じればいいのだ。
 星空に圧倒されて自分という存在の卑小さをおもい知ったのか、あるいはこういったときに自身の卑小さをおもい知るのが状況的定番だから安易にそうおもってしまったのか、判然としないが、ぼくはそのとき、じっさいほんとうにちいさな虫になったような気がした。
 しかし卑小だからといって、まるっきり価値がないわけでもない、たぶん、とおもって、いつもどおり安易に自分を慰め、部屋にもどろうとしたときだった。
 山小屋の入口前にひとつだけある細長い木製テーブルの上に、ひっそりと黒い死体袋が置かれていることに気づいた。その死体袋が、黒い寝袋で(おそらく)なかに人が寝ているだろうことがわかった後でも、ぼくの心臓は高鳴りつづけた。なにしろこの山小屋裏の崖からは、14年前に従業員が転落して死んでいるのだ。
 暗がりのなかで、どうしても死体袋にしか見えない寝袋をじっと見つめながら、なぜこの人物はこんな細長いテーブルの上で寝ているのだろうかとかんがえた。じっさいテーブルといっても大人の身体がはみ出さない程度の幅しかないのだ。寝返りを打ったら、即、落下である。海外の5,000メートルを超える山への登頂の際には、ザイルで宙づりのまま眠ることさえあるから、練習しているのかもしれなかった。さすがにテーブルは高さが1メートルもないから、ザイルを結ぶのは恥ずかしかったのかもしれない。
 それにしても、 こんなにまでして山に登りたがるのは(一昨日も書いたように)、 我々人間が努力好きであるからにはちがいない。そしてその努力の源泉となっているのが、生きている証左を求めて止まないこころであり、まさしく卑小な生き物に五分の魂が宿っているからこその哀れさなのである。
 with D700 12-24/2.8G ED 2011/8 薬師沢小屋
by bbbesdur | 2011-09-04 17:10 | flyfishing