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#420 おっぱいの頃

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 土曜日の朝、5時過ぎの小田急線の始発に乗って、新宿へ向かった。多摩川の上には朝靄に包まれた瑞々しい初夏の太陽があった。
 午前6時前、山手線の外回りホームは20歳前後の若者で溢れ返っていた。渋谷方面から電車がやってきて、若者が降り、若者が乗り込み、車両のなかでぼくは若者たちに囲まれた。
 ぼくの右前に立っていた若い男の中指には刺青があって、その手で金色の髪の女性の腰を支えていた。男は女に朝食になにを食べたいか訊いていた。女は、ただ眠りたい、といった。ぼくはいろいろなことをおもった。彼らについてではなく、自分自身が若かったころについてだ。ふたりは池袋で降りて、ぼくは埼京線に乗り換えた。
 車両内に「次は十条」というアナウンスが流れた。いったい何十年ぶりにこの駅名を聴いたのだろう。車両扉の前に立っていたぼくの窓越しに、古びた木造家屋が過ぎてゆく。
 かつて埼京線が赤羽線と呼ばれていたころ、ぼくは十条に下宿している女性に恋をした。恋はたったの3ヵ月だけだったが、若者には驚きの連続だった。十条の4畳半ではじめて母以外の女性のおっぱいを見て、触って、吸ったのだった。それは若いぼくの一生のなかで、もっとも特別な瞬間だった。そのとき以上の喜びを、いまだぼくは経験したことがない。
 刺青の男も、いまごろ素敵なことをしているのだろうか。アパートの隙間からときおり顔を出す朝日に目を細めながら、ぼくは昔に手を伸ばすようにシャッターを切った。
 with GRD3 2011/5
by bbbesdur | 2011-05-28 14:05 | around tokyo