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#382 年長者のアドバイス(R18)

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 小田急線相武台前駅の構内に米兵らしきひとりの若者が立っていた。彼は、目の前のポスターがどうしても気になって仕方がなかったのだ。彼は米国人が通りがかるのを根気よく待っていたが、そういうときにかぎって、だれもやってこない。ひどくスカートの短い女子高校生の集団が階段を上ってきて、彼の前を通ってゆき、しばらくしてからくすくすと笑いながら振り返った。日本の女子高校生はスカートが短すぎる、と彼はおもった。
 彼の目の前には猿が温泉に入っているポスターが貼ってあるのだった。
 猿の表情はまるで人間そのものだ。あまりに心地良さそうに湯に浸かっていて、彼はどうしてもこの場所がどこかを知りたいのだ。
 日本人のビジネスマンがホームから階段を上がり、彼を見て、そしてポスターを見て、微笑みながら通り過ぎようとした。彼はおもいきって声をかけた。
「スミマセン !」
「なにか?」
 幸運なことにビジネスマンは英語を話した。きっとキャンプ座間に仕事があるのだ。
「あの写真がどこで撮られたかわかりますか?」
 ビジネスマンはこともなげに頷いて、
「長野県の地獄谷というところだ。駐車場から30分歩けば、だれでも見ることができる。スキーはするかい?」
 と訊いてきた。
「スノーボードならやります」
「いいゲレンデがたくさんあるところだよ」
「ほんとうに!」
 やっぱり、雪があるからゲレンデもあるとおもった。勘が当たった。
「いっしょにスパに入れるのでしょうか?」
「ノーだ。毛づくろいを手伝ってやらないと、引っ掻かれる」
 この日本のビジネスマンはおそらくジョークをいっているのだろう。彼は念のために笑い返した。
「ここからは遠いのでしょうか?」
「彼女と日帰りドライブというわけにはいかないな」
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 若者はジーンズの後ろポケットから財布を取り出し、一枚の写真を引っぱり出した。ブロンドの短い髪が風に吹かれていて、若さがはち切れそうな笑顔でカメラを見つめている。彼がいちばん好きな写真だ。
「アンジェです。来るんです、来月、日本に、ぼくに会いに。とってもスノーボードが好きなんです。でも、ぼくはスノーボードなんかより、彼女が好きなんだ。待ちきれないんだ」
「その気持ちはわかるよ。私もスノーボードのような固いヤツより女性が好きだ」
 若者は念のために、また笑った。
「それでもってアンジェは犬でも猫でも、熊でも馬でも猿でもなんでも、ともかく動物が目に入れば、キュート!、って叫んで近寄って行くんだ。野生の猿がスパに入っている姿を目にしたら、きっと夜眠れないほど興奮するんじゃないかなって、このポスターを見ておもっていたところだったんです。せっかくカリフォルニアから来るんだ、是非連れて行ってあげたい」
「わかった。もし君さえ良かったらメールするよ。正確な場所と行き方や宿とかの情報をさ」
「ほんとうですか! もしそうしていただければ助かります。こころから感謝します!」
 彼はほんとうに嬉しかった。ドイツにいたときもそうだったが、異国の地で受ける優しさは、ちょっとしたことでもこころに響く。
 彼はビジネスマンが差し出した手帳にメールアドレスを書き込んだ。
「きっとアンジェは死ぬほど喜びます」
「年長者として、君にひとつだけアドバイスさせてもらっていいかな」
 ビジネスマンは手帳をバッグに仕舞いながらそういった。
「もちろんです」
 彼はすこしだけ居心地がわるくなった。日本という国は保守的で、なにかにつけてルールにうるさい。気づかないうちに、なにか失礼なことをいったり、やったりしてしまったのだろうか。
「彼女を夜、興奮させて眠れなくさせたり、死ぬほど喜ばせたりするのは、猿の役目じゃないってことだ」
 彼はこんどははっきりとビジネスマンの言葉を理解した。かつて学んだ鬼軍曹にしたように、直立不動の姿勢になって最敬礼をし、
「Yes, Sir !」
 といった。
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by bbbesdur | 2011-01-11 20:18 | 短編小説