2010年 04月 24日
#318 最後の決闘
ひとりで入った店でカウンターに坐ってオリオンの生ビールを待っていたら、目の前の水槽で二匹の蟹が死闘を始めた。奥行き15センチ、高さ30センチ、幅1メートルの細長い水槽の底には死にそうな一匹のイシミーバイと、たくさんのシャコ貝がいた。
蟹汁になる前に、2匹の雄はどうしても、糸満沖にいた頃の一匹の雌蟹を巡る争いに決着を付けたかったのだ。
体躯は同等、俊敏さもお互いにひけを取らず、容易に勝負はつかなかった。運ばれてきた生ビールを流し込みながら、ぼくは彼らが海の底にいる頃に二匹の争いを間近に見ていた美しい一匹の雌蟹のことをおもった。きっと海藻に艶かしい脚を絡ませ、赤い唇を微かに開いては、甘い吐息を吐き出し、海底に蠢くすべての雄蟹を悩殺していたんだろうなあ、とおもいながら、ぼくはてびち焼きを注文した。
with GRD3 20104/22撮影