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バンブーロッド神話と科学(抄訳)
Peer Doering-Arjes博士

バンブーロッド製作の面白さは、天然素材を美しく機能的な道具に仕立て直すことにあると思います。竿作りに関われば関わるほどに加工方法や使用する竹の種類、竹の生育について疑問が湧いてきますが、じつのところ学術文献には、トンキン(Pseudosasa ama-bilis、昔の学名はArundinaria amabilis)についての事実はほとんど載っていません。あれこれと知ったように語る人が多いわりには、科学的事実は少ないんです。今回は私が「バンブーロッド都市伝説」と呼んでいるものをいくつか挙げて、科学的な視点から本当かどうかを検証してみたいと思います。

神話1:パワーファイバーを途中で切ってはならない

竹は地上に現れたときから(竹の子)すでにして成長すべきその最大の直径と節の数を有しています。そしてそのままの形状でまるで伸縮棒のようにスルスルと上に向かって伸びていく珍しい植物です。竹は垂直方向への成長を1年足らずで終え、その後は年月をかけて、初めスカスカだった中空のファイバーを埋めていくような成長をするのです。あくまでも成長は内部のみで行われ(図1)、3年で中空繊維の大部分が完全に満たされます(阪東注:著名な和竿師が、製作困難な古竹をあえて使用して名竿を作ってきたという歴史的事実が科学的に証明されています)。

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図1 1年もの(左)と6年もの(右)の繊維の比較断面図(Liese & Weiner 1996)。

バンブーロッド製作教本の多くはパワーファイバーについて、読者に誤解を招くような書き方をしています(著者自身がそう信じているからこそやっかいなのですが)。それは「パワーファイバーを途中で切断してしまうと力が伝わらなくなる」というものです。そもそもパワーファイバーという言葉からして造語です。竹の内部にファイバーは1種類しかないので、わざわざパワーなんてつける必要はありません。トンキンにおけるファイバー1本1本の直径は人間の髪の毛よりも細くて長く、かつ鞘のように結束しています。この鞘が地表から水分を上に運びます(図2)

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図2 ベトナム産トンキンのファイバー束:赤はファイバーの鞘、緑は水を上に運ぶファイバー、青は水分を吸収するためのファイバー。

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図3 中国産トンキンのファイバー束の断面図。赤色で示された単繊維は0.03mm

トンキンは最大高さ13メートルまで成長しますが、何千本ものファイバーが根本からてっぺんまで束状でつながっているわけです。フライロッドの外側に見えている繊維の筋が切れ目なく真っ直ぐ伸びていると、いかにもファイバーがつながっていてパワーロスが少ないように見えますが、現実的にはプレーニング中にかなりの繊維が切断されてしまっています。多くのバンブーロッドメーカーは丁寧に曲げ直しをしますが、それは出来上がったロッドが時間の経過と共に曲がらないようにするためで、決してパワーロスを防ぐために真っ直ぐにしているわけではありません。
竹におけるパワーの伝達という要素を考えるとき、肝腎なのは見た目のファイバーの直進性ではなく、可能なかぎり表皮側のファイバーを残すことです。電子顕微鏡写真では、最初の繊維の束は、エナメル質の厚さ0.01mmの層と0.06mmの細胞層の下にあることが示されています(図4)

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図4 トンキンの最外周部の断面図。上部には0.01mm厚のエナメル層があり、その下には0.06mm厚の軟組織があり、その下には繊維の束がある。

このように表皮から0.1ミリを削ってしまうだけで、最も強い外側のファイバーにダメージを与えてしまうことになります。私の実験では0.5mm削ってしまうだけで破断強度が大幅に低下することがわかりました。(図5)

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図5 紫の円は外側の0.5mm厚の表皮を削ってしまった場合、青の円はエナメル層を削らなかった場合、緑はエナメル層を削った場合の破断強度。外周のファイバーが強度に影響することと同時に、エナメル層そのものにパワーがないこともわかる。

神話2:竿作りに最適な竹の種類はトンキンである

現在、広東省懐集県の中国産トンキンは、ほぼ釣り竿用に栽培されている。ルイス・マーデンは1997年の著作の中で、トンキンはすべての竹の中で最も高いファイバーの密度を持っており、最大の破断耐性を持っているからこそ、長い間フライロッドの素材として使用されてきた、と書いている。また、あまりに有名なギャリソンとカーマイケルの本はバンブーロッド製作のバイブルと考えられているため、自動的に多くの人々にトンキンが最良のフライロッド素材であると印象づける結果となっている。しかしながら、じつは誰もバンブーの比較実験をしたことはなく、科学的に証明されているわけではないのです。おそらく唯一の例外はハーディーが1880年代前半に行った実験の記録だと思われます。当時はカルカッタケーンを使用していたハーディーでしたが、さらに品質の高い素材を求めて、中国各地で採取した竹を使って弾性テストを繰り返していたことがその記録に残っています。
世界には1400種もの竹が存在していることが知られていますが、そのなかにフライロッドに適した、いわゆるウッディーな竹がたくさんあるかというと、そうでもなくて、せいぜい300種類程度だと思われます(阪東注:なにをもってしてWOODYと呼ぶのかは明確にされていませんが、おそらくは日本でいうところの竹と笹のちがいのことをいっているのではないかと想像します)。興味深いことに日本には真竹を使用しているバンブーロッド・メーカーがあり、100年以上前にハーディーがやったように、遅ればせながらわたしもチャイニーズトンキン、ベトナムトンキン、そしてタムボンを使って、破断強度テストをした(神話5の後半に実験結果があります)。

神話3:トンキンは中国の広東省にしかない

トンキンは中国だけにしか生えていないと思われているが、じつはベトナムにも生育している。ベトナムのトンキンは中国産のものとは異なり節間の長さが最大70センチになる(中国産は約50センチが標準)。いうまでもなく節間が長いということは、バンブーロッド製作時にノード処理の時間が短縮でき、結果的に最も脆弱なスポットが少なくなるという、メーカーにとってありがたいことだらけの素材なのである。しかし、まだ市場には出回っていない。

神話4:竹の直径は大きいほど良い

重要なのは太さではなく重さです。竹桿が重ければ重いほどファイバーが密になり、破断強度が高くなります。稈の直径は千差万別ながら、多くのロッドメーカーは太い竹を好みがちです。しかしじつは直径だけでは、ロッドメイキングに最適かどうかはわからないのです。一方で節間の長さはロッドメイキングにとってかなり重要な要素となりますが、竹の節間の長さは稈の中間部で最も長く、ほとんどの種で上端と下端が短いと言う事実があります(図9)

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図9 根本と先端(黄色の部分)は中間部よりも節間が短い。
トンキンの稈は長さが約13メートルにまで成長します。根本の部分が最も太いため、これまで輸入されているのは、いわゆるバットカットと呼ばれる下端の12フィート部分だけでした。しかしながらじつは節間が長い中間部の方がよりうバンブーロッド製作には向いているかもしれなません。ファイバーの量は通常のフライロッドに使う分には必要十二分です。

神話5:竹は乾燥していなければならない

バンブーロッド製作を始める際にどんなに竹が乾燥していたとしても、作業中にどうしたって空気中の湿気を吸い込んでしまいます。竹の内部から湿気を追い出すために、オーブンを使うことになるわけですが、焼き入れの時間についていくつかのロッドメーカーに聞いてみたところ、温度は120°から190°C、時間は5分から120分というかなりの幅がありました。当然「焼き入れが強い方が良いのか、弱い方が良いのか?」という疑問が生まれます。そこでトンキン内部に温度センサーを入れ、正確な温度を計ってみることにしました。

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その結果、破断強度が上がると剛性は下がり、剛性が上がると破断強度が下がるという二律背反性があることが判明しました。両方の要因に最適な温度というものは存在しないのです。すなわちロッドメーカーはどちらを優先するかを自分自身で判断しなければならないわけです。 また150°C を超えるコア温度は化学反応を引き起こし、吸水能力を永遠に低下させます。また加熱の時間が加熱の温度よりもロッドの反発力に大きな影響を与えることもわかりました。 また火入れにそれほど時間をかけないロッドメーカーが注意しなくてはならないのは、ストリップの中心が外側と同じ温度に達するためには15分ほどの時間が必要だということです。外側だけを火入れすることにならないよう、注意しないとなりません。
竹の種類でこの特性は変化するのかどうか、それが次の実験結果です。ベトナム産トンキンと中国懐集県産トンキン、そしてタムヴォンの三種を比較してみたところ、共通していたのは破断強度と剛性は稈下部の最外周部で最大となり、上部に向かってわずかに減少することです。破断強度では中国産トンキンが一番で(図16)硬さはベトナム産のトンキンが一番であることがわかりました(図17)。

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(図17)


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筆者のPeer Doering-Arjesはドイツのベルリン在住で主にヨーロッパに向けた竹を輸入販売していて、同時に釣りに関する書籍の販売をしていて、たまたま『MOSTLY BAMBOO』が目に留まったらしく、今回、ドイツで2番目のふらい人書房の販売店になってくれました。

文章と写真はすべてPeer Doering-Arjes博士(www.Springforelle.de)とGoran Schmidt(www.growme.de)によるものです。初出はWEBマガジン"Powerfiber"2018年1月号。すべて著者の了解を得て翻訳掲載しています。



# by bbbesdur | 2021-02-03 18:46 | flyfishing

#732 娘が教えてくれたこと_a0113732_16124225.jpg


昨日、産後に里帰りしていた娘と初孫が遠く離れた自宅へ帰っていった。こんなに濃密で短く感じた1ヶ月間は記憶にない。その間には大晦日と正月があったはずだが、それもほとんど記憶にない。覚えているのは青年期以降いっさいの神頼みを否定してきたわたしが、買い物に行くフリをしてこっそり初詣に行き、初めて本気で神様に娘たちの加護を祈ったことだけだ。この1ヶ月の間に、わたしの中で明らかに何かが変容した。

今日の夕暮れ、家に帰ってきて2階に上がり、その日の朝まで娘が使っていた寝室の扉を開けると、布団が敷きっぱなしになっていた。授乳のために昼夜の区別なく、寝たり起きたりしなければならず、敷きっぱなしにしていた布団が、いまはひっそりと平たく、そして冷たく横たわっている。けれどもわたしの目にはまだ見えている。飲んだ母乳を吐き戻してしまった赤ん坊が火が付いたように泣きつづけた日の夜、母親の責任を感じて泣いていた娘の姿が。

完璧な母親なんてどこにもいない。赤ん坊が生まれたからといって、突然立派な母親に変身できるわけないじゃないか。母親というのは子供といっしょに成長していくんだ。焦っちゃだめだよ、ひとりじゃなくてふたりで生きていくんだ。わたしはあらゆる言葉を使って娘の気持ちを少しでも楽にしようと努力した。

出産後、むくみの取れない足を風呂上がりに時間をかけて揉んであげたら、2日間でむくみが取れた。ただでさえすべてが不安な状況の中で、ひとつでも娘の悩みの種を減らすことができて、わたしはほんとうに嬉しかった。それからは毎晩寝る前に、赤ん坊を抱き疲れた娘の肩と腰を揉んだ。毎晩、娘は「お父さん、いいかな?」と遠慮がちに、わたしの部屋に声を掛けにきた。普段、自分からは頼み事をしない性格だけに、やはりかなり疲れているということがわかった。娘は揉み終わったあと、過剰なほどありがたがったが、わたしには娘の手助けをできることが嬉しくてならなかったのだ。

この部屋にはまだそんな記憶のこだまがひっそりと息づいている。わたしは今、部屋の入口に立ち尽くして、泣いている。娘が嫁いだときも、こんな気持ちにはならなかった。結婚式のスライドショーでも泣かなかったわたしが、今は自分の泪を止めることができない。もしこれをほんとうの愛情というならば、今までの62年間、わたしはほんとうの愛情を知らないで生きてきたことになる。たぶん、そうだったのだ。

赤ん坊が母親に愛情の所在を教え、赤ん坊は母親から溢れるほどの愛情を授かる。長い間、わたしは愛情が双方向の感情だと思っていたが、それがまちがっていたことにようやく気づいた。愛情は循環しているのだ。一方通行でもなく、双方向でもなく、ぐるぐると輪のように。そしてなによりも信じられないことは、愛情にほとんど無縁だったそんなわたしが、今、娘に手を引かれて、その循環の輪の中に入っていこうとしている。


# by bbbesdur | 2021-01-18 18:16 | around tokyo

#731 わたしたちには音楽がある_a0113732_13190467.jpg


娘に男の子が生まれて、お祝いに音楽をプレゼントしようと思いたち、時期的、かつ状況的にいってヘンデルのメサイアがふさわしいと考え、迷惑を承知で全曲聴いてもらうことにした。どうせ寝てる時間の方が多いんだから、2時間半の演奏もたいしたこともないはずだし()

しょうちゃんに聴いてもらったのは、The Sixteen(ザ・シックスティーン & ハリー・クリストファーズ)というイギリスの団体で合唱はたったの16人。楽器はヘンデルが生きていた当時の現物を使った小編成だけど、数あるメサイアの中でも名演中の名演中の名演だ。

メサイアにはオケは良いけど、独唱と合唱がイマイチっていう演奏が多いんだけど、これはどっちも凄い。お互いを聴き合いながら、同じ音楽を演奏している努力が目に見えるようだ。メサイアのような大曲になると、ただお互いがガンバルっていう演奏になりがちなんだけどそれがない。このあたりは指揮者のウデなんだろうけど、楽器と声が文字通り等価に聴こえる。楽器も巧いけど、独唱と合唱の巧さが際立つ。ことにアルトのソロが独特。入りとフレーズの途中に音程(ピッチと呼ぶべき範囲内で)がふらつくことがあるけども、慣れてくるとこの人の「歌」に魅惑されてくる。こんなに力が抜け、かつ叙情的なメサイアのアルトソロは他にはない。他のソリストも基本的には自分の持ち分をわきまえた歌い方をしていて、オペラアリアを歌うようなありがちな勘ちがいをしていない。ただ公平に聴くと、やっぱり声の質と歌の技巧は鈴木雅明のバッハでも歌っているソプラノのキャロリン・トンプソンが傑出している。この人の声を聴いて、メロメロにならないクラシックファンの男を想像できない。

しかしながら、なんといってもこの盤の最大の魅力は合唱だ。合唱はハモってこそ合唱っていう見本がここにある。レガートってこうやって歌うんだって見本もここにある。なんたって全員でたった16人しかいないことの風通しの良さがある。全曲中にはテンポが乱れる多少のキズはあるけど、聴き手にそんな細かいことどうだって良いじゃん、って思わせるところがスゴい。Rejoiceのソプラノソロと弦楽器の掛け合いの小気味よさ、Behold the lamb of godでイエス・キリストの礫刑が見えた、って言うと大げさに聴こえるだろうけど(そもそもメサイアは歌詞の出典からしてイエス・キリストを強く暗示していながらも、必ずしもそう規定してはおらず、あくまでも「救世主」をテーマにしている)、聴いてみればぼくのいってることがわかるはずだ。Surely の合唱と弦の全音での不協和音や印象的な弦のシンコペーション、愉しかったAll we like sheepの最後半のマエストーソぶりにシビれ、Why do the nationのバスソロにピッタリ寄り添うような弦合奏の小気味良さ、Let usのテナーパートの入りが、ありがちな唐突さと訣別していて、ハレルヤではking of kingに戻ってくるところで全曲中最大のリタルダンドを掛けていて、こんな全曲インテンポのスッキリの演奏(ガーディナー以来スタンダードになった)に、いきなりフルトヴェングラーが出現したようなロマンティックぶりに涙腺の堤防が決壊し、I know that redeemerのソプラノソロの声音が可憐この上なく、弱音処理の巧さったらなく、Since by man cameの合唱の出だしは神がかっているとしかいいようがなく、途中でアルトのパートが強くなるのは珍しく、Trumpet shall soundのトランペットは音が鄙びていて、それほど輝かしくないところがかえって良い。そのあとのO death のデュエット最高。Worthy is the lambの出だしの揺らぐような抑揚で、いよいよアーメン・コーラスに入るぞという直前のタイミングでのいきなりの空隙はワルターのモーツアルト40番のルフト・パウゼ、もしくはフルトヴェングラーの第9のコーダを彷彿とさせ、楽器が入ってからの合唱と楽器の綾なすメロディーラインは泪なしには聞くことができない。そして全曲最後の最後のリタルダンドと、その直後のまさかの2匹目のどじょう狙いのゲネラルパウゼ。初めてこの盤を聴いたときには、じつはこの無音の空隙のショックで嗚咽してしまって、いつの間にか全曲が終わってた。この空隙に2時間半の音楽のすべてが詰まっている。世紀の名盤です! 明らかに音楽が後半に進むにつれて、物語的に盛り上がってきているのがわかる。「イエス・キリストが生まれてほんとうに良かったー」ってみんなで祝福している喜びが聴こえてくるメサイアってこの盤以外に知らない。

指揮者は相当細かい指示を出すタイプにまちがいないんだけども、その割には緊張感がみなぎっているというより、全体的に力が抜けている印象が強いから不思議だ。あと合唱の言葉がはっきり聴こえる録音というのも案外少ないものだ。そもそも合唱団が母体で、あとから器楽群が加わった団体って、かなり珍しいはずだが、その一般とは逆な順序がこの団体の声と楽器の超絶的なアンサンブルの源だと思う。

年末の大掃除はこの演奏を掃除機に負けない大音量で聴きながらが始めるがお薦めだ。きっと掃除の手を止めて、結局じっくり聴いてしまうことだろう。元々掃除なんてしたくないはずだし()

当然、ぼくのようにマタイを探したくなる人も多いだろうけど、うーん、まだ出てない。でもきっと出すって期待しちゃう! 残念ながら当面来日の予定はないみたいだ。もしこんな演奏をライブで聴いたらハンカチじゃ足りなくて、バスタオルが必要だと思う。

しょうちゃん、誕生おめでとう。キミが生まれた世界には音楽という友達がいるんだ。


# by bbbesdur | 2020-12-29 13:52 | around tokyo