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「あと一箇所だけです。もう少し我慢してください」

 全部で3箇所あるのに、あと一箇所だけと言うのフェアじゃない。まだ三分の一が残っているじゃないか、と思いつつ、しかしぼくはマンマと医師の気休めに乗せられてカウント・ダウンを始めたのだった。あと3本注射を打てば、とりあえず前座は終わる。

「ちょっとチクリとしますよ」

 注射針がはっきりとお尻の粘膜に刺さった感覚があった。

「あっ、ちょっと痛い・・・・・・です」

「あ、やっぱりそうですか」

 やっぱり・・・・・・、って。発せられる言葉の一つひとつに意味を探ろうとする患者の心を知っている医師は、

「最後のヤツはK門に近いので、神経が届いているかもしれませんね」

 と言って、看護士に麻酔の注射を追加するように指示した。

「はーい、13番さん、おかわり一本!」

 合計お銚子11本となるわけで、さすがに酩酊もするだろうよ、と観念したぼくに医師は、

「ちょっとチクリとしますよ」

 と言って注射針を刺した。医師はまったくわかっていないのだ。チクリだって、これだけ飲めばボディーブローのように効いてきて朦朧としてくるものだ。

 そして医師は最後の痔核の周囲3箇所にジオン注射を打った。麻酔はまるで効いていないように感じたが、効いていなかったら絶叫するほど痛いのかもしれなかったから、たぶん効いていたのだろう。この時ぼくは、注射をする痛みを柔らげるために注射をする意義について疑問を持たないではいられなかったのだが、質問する余裕などなかった。

 医師がジオン注射の終了を宣言したとき、ぼくは既にして9回を投げきった先発ピッチャーのように疲弊していたが、信じられないことにはダブルヘッダーの2試合目もぼくの先発が予定されているのだった。

「では今度は痔瘻の処置をします」

 医師はほとんど間を置かずにそう宣言した。ぼくはユニフォームさえ着替えずに、汗だくのままマウンドに立った気分だった。三塁側のアルプス・スタンドからは相手チームの声援が聞こえてくる。

「かっ飛ばせ――XXX、BBB倒せ――、オー!」

 おそらくそれは幻聴だったのだろう、医師はかなり冷静に、

「ちょっとチクリとしますよ」

 と言った。それはぼくの耳に「プレイボール!」と聞こえた。


 

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# by bbbesdur | 2017-05-03 20:10 | health care

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「順番的には痔核の処置をして、その後に痔瘻の処置をします」
「ハイ」
 ぼくは「順番的には」という言葉が、きっとこの医師の常套句なんだろうとおもった。正しい日本語とは言い難いのに、どこか言い慣れた気配があった。言葉というのは不思議なもので「なるほどですね」のように、正しくなくても納得出来る響きが備わっていると、かえって癖になりやすいのだ(そういう人って、皆さんの周囲にもいるでしょ?)。きっとこのふたつの「処置」のコンビネーションは珍しいことではないのだろう。ぼくはそう自分に言い聞かせて、自分を元気づけた。
「まずK門に局部的な麻酔をします。そのあとで痔核の周囲に3箇所ジオン注射をします」
「ハイ」
 手術台で医師にお尻を向けて横たわったぼくは、これから自分の身に起こるであろうことを想像しながら、それでも楽観的であろうとしたのだったが、しかしどうにも腑に落ちないことがあった。というのも、痔核が出来ているのは直腸の部分だから痛覚がないはずだ。なぜ痛みがないはずの直腸部に注射するというのに麻酔する必要があるのだろう? 1箇所の痔核に3回の注射ということは、3x3=9+麻酔の注射=10回の注射だ。10回かよ。でもまあいい、いずれにしても麻酔の注射さえ我慢すれば、あとは無痛のはずだ。それも歯医者で経験するような局部麻酔の注射と言うのだから、たいしたことはないだろう。
 そんなぼくの疑問+疑心暗鬼などおかまいなしに、
「ゴメンなさい、ちょっとチクっとしますよ」
 医師はそう言って、K門の奥に注射針を刺した。はっきりと痛かった。チクリという歯医者の注射と違って、奥まできっちりと刺し通すから、はっきりと、かつ持続的に痛かった。
「では、ジオン注射をします。痛かったらそう言って下さいね」
「ハイ」
 医師はそう言った。もともと直腸部は痛みがないはずだし、麻酔までしたのだ。ぼくは医師の言葉は聞き流すことにした。
 しかしなぜか注射は痛かった。歯状線より奥にあって感覚のないはずの直腸への注射がなぜ痛いのか? しかも麻酔までしたというのに。ぼくは痛みと理不尽さの両面攻撃に心身ともに苦しんだ。まさかぼくの直腸だけが突然変異で神経付きっていうはずもない。つまり医師は気休めを言ったに違いなかった。まさか10回痛い後に、いよいよ本番が待っているなんて言えなかったのだ。
 ぼくは我慢した。
 痛かったらそう言うように、という医師に対して遠慮したのではなく、言ったところでどうにもならないと悟ったからだ。あと8回もこの同じ痛みを我慢した挙句に、ノルマンディー上陸作戦並みの総攻撃が待っているのだ。その時、ぼくは硫黄島の栗林中将の心境がわかった気がした。
 誰も助けてはくれない。徹頭徹尾、我慢することだけがぼくに出来るすべてなのだった。負けて、勝て! とぼくは自分を奮い立たせた。まさかその数ヶ月後に悲惨な沖縄戦が待ち受けているとは思いもつかずに。

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# by bbbesdur | 2017-04-22 21:08 | health care


午前中の患者たちが去った後の待合室はガランとしていて気持ちが良かった。緊張してはいない。ぼくはそう思いたがっていて、客観的に自分の心境を分析することが難しいシーンだった。しかしながらぼくは経験的にそういったケースではほぼ100%自分が思いたがっている方とは真逆に真実があることを知っている。だからぼくは自分が緊張しているのだと判断した。窓の外で気持ち良さそうに揺れている欅の葉を眺めながら、緊張しているのに緊張していることを認めたくない自分を男らしいと思った。ジョン・ウェインやハンフリー・ボガート演じる主人公が痔の手術を受けたなら、きっとこんな感じだろうというような。そんなヒロイックなぼくだったが、診察台のある部屋から看護士が顔を出し、ぼくの名を呼んだから「あっ、ハイ」と答えて立ち上がった。診察室はいつもと変わらず病院らしい消毒液の匂いを漂わせていた。

手術とはいえ、いつも診察を受けるときとさほど心境に違いはないように思えた。もちろんそう思いたがっていたわけで、だからほんとうはとっても緊張していたわけだ。ぼくの脳はかなりズル賢くて手強いから、すぐにぼくを騙しに掛かる。いろいろと心理的な分析をしてからでないとほんとうのことがわからないから手間が掛かって仕方がない。それで思い出したけど、男と女の最大の違いって知ってるかな?

「女は自分を騙すことが出来る」

らしいんだけど、女性の皆さん、ほんとうですか?

と書いたところで、突然この言葉の出処を思い出した。なんと、前回久しぶりに名前を思い出した田村隆一じゃないか。これはストーリー展開上意図的に仕組んだんじゃなくて、いまじつは飛行機の中でこれを書いているんだけど、じっさいビックリしたのだった(ストーリー展開って何のこと? 今回も全然展開してないじゃないの! という声が聴こえてきそうだとしても)。普段彼の詩のことはほとんど忘れて生活しているけど、印象的な言葉はしっかり脳内に定着していて、知ったかぶりをする必要のあるこういうシーンでポン!と出てくるものなんだなあ、と感慨に耽りつつ、ぼくは窓の外に広がる雲海を眺めるのだった。今日はかなり揺れが激しくて、さっきフライトアテンダントがコーヒーのキャップを持って来た。メチャクチャ明るいアテンダントで、思わず「明るいねえ」と声を掛けてしまった。コーヒーのキャップを持ってくるだけのことで明るさを表現するのって至難だとおもう。彼女が乗っている飛行機だったら絶対に落ちないと思えるくらいの明るさなのだ。明るいって、ただそれだけで他人を幸福にする。ユナイテッドにも彼女みたいなアテンダントがいれば、あんなことにはならなかったかもしれないけど、で、なんだったけか、そうそう、若い頃に田村隆一のその言葉を知って、ぼくはハタと膝を打ったのだった。なにしろ5回結婚している男の言葉だけに説得力がある。ウイスキーを薄めるように言葉を意味で薄めてはいけないというストレートな詩人だ、言葉は戦艦大和の錨のように重い。なんだか女性の不思議が解明出来た気さえしたのだった。

この世の大半の女性においては、何はともあれ、自分が他人からどう見られているか(内面外面共に)という一点が最大の関心事だとぼくは信じている。よく言われる「男っぽい女性」は見かけとは無関係にこの一点の印象が女性らしくないと思わせているんじゃないかとおもうのだ。いずれにしてももし自分を騙すことが出来るなら、どう見られているかという点ではかなり都合の良い解釈が出来るだろうな、人生を楽に出来るだろうな、と男のぼくは羨望するのです。

で、女性の皆さん、自分を騙せるってほんとうですか?

と聞いてもわからないところがミソなんだよね。なんたって自分を騙せるんだから。男は自分を騙せないからつらいんです。

診察台に横になったぼくはツラツラとそんなことを思っていた、わけではなく、じつは、生まれてこのかた自分が手術と呼ばれる措置を受けたことがないことに初めて気付き、どこからともなく忍び寄って来た不安と恐怖をうっちゃろうと、3ヶ月後に予定しているイエローストーンでの釣りのことだけを考えることにしたのだったが、ウォシュレットのないモーテルやそれどころかトイレすらないキャンプのことを思い出して暗然としたのだった。こういうときにこそ底抜けに明るい看護士がいて欲しいとおもうほどに。


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# by bbbesdur | 2017-04-17 20:00 | health care