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 ぼくが選んだそのクリニックはお尻の専門医ではない、ということを前回の記事でいただいた「みと肛門クリニック」に関するfbコメントで思い出した。だから待合室で座っている患者同士が、それぞれどんな病気を患っているのかはわからないのだ。待合室で堂々と「オレは風邪だからな!」というように胸を張る必要もないが、ぼくの観察した限りでは、痔の患者は心の隅に暗がりを宿しながらも、どこか放心したような、諦めた表情をして坐っている。不思議なもので、同じ医院に長く通っていると、同病の患者は察しがつくようになるのだ。もちろんこの察知能力は今後のぼくの人生には何の役にも立たないし、明らかにされることもないだろう。それはそうだろう、隣に坐っていた男が突然立ち上がって「ふふふっ、隠しても無駄だよ、君の正体はGメンだろう!」なんて、言われたら、普通の神経の人だったら二度とこの医院には来ない。好きな先生の営業妨害はしたくないから、ぼくは自分の隠れた能力を秘したまま黙って椅子に座っていた。
 痔の患者特有の腑抜けた表情の由来は医師や看護師にお尻を見られているという一点に起因しているとおもう。そもそもお尻を見せているのに、深刻な表情は出来ないのが人情というものだ。このあたりは身体の関係ができた男女を考えれば容易に想像出来ることで、通じ合うことによってお互いの表情のどこかに甘えやら、隙やらが生じるものである。およそ一年にわたるこの医院との付き合いで、ぼくが唯一不満だったのは医師がぼくのジョークに対して、あまり良い反応を示さなかったことで、この点で彼は痔の患者特有の出所不明の劣等感を見誤っているとおもう。その点、看護師や受付の女性はぼくに優しかった。
 手術当日は都心にも薫風が吹き抜ける、痔の手術を受けるにはもったいない、あまりに美しい日だった。受付で診察券を出すとき、ぼくは、
「こんなに素晴らしい日なのに、ぼくは穴グラのように陰鬱です」
 と嘆いたら、素直に笑ってくれた。この笑いは、痔の患者がどうしても感じてしまういわれのない劣等感を理解しているからこそのものなのだ。ぼくは笑ってくれた若い彼女たちが今後の人生で、好きな男以外にお尻を見られないよう心から祈った。
 とここまで書いて、念のために前回の記事を読み返したら、なんとぼくはまだ手術の宣告を受けていないじゃん! あまりのストーリー展開の遅さに、自分自身がついていけないなんて!
 というわけで、次回はもう一度、
「というか、切ったところが裂けて、膿が出ちゃったんです」
「いつですか?」
「昨日です」
 まで戻ってから、リスタートします。お急ぎの方はいませんよね? もしどうしても事情あって、緊急にストーリーの行く末を知る必要がある方は、fbでメッセージ下さい。ぼくに可能なあらゆるアドバイスを差し上げます。

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# by bbbesdur | 2017-03-09 20:48 | health care

#681 痔の話 第7回 

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「また膿が溜まって来たみたいです」
「ほう、そうですか」
 医師はぼくの顔を見ずに、カルテに目を落としながら、曖昧にそう言った。医師はこの間合いで、目の前の患者がどういった症状を持っているのかを思い出そうとしている。だからぼくはしばらく黙った。繁盛している医院だったら、毎日数知れぬ患者たちが訪れるはずで、一人ひとりの顔なんて覚えていられるはずはないのだ。
「また硬くなりましたか?」
 医師は顔を上げ、ぼくを見てそう言った。思い出したのだ。とくに思い出されて嬉しいわけでもなかったが、それでもすこしは親近感が湧いて来るというものだ。なんたってお尻を見られるのだから、できれば見ている(診ていると書くべきか)相手を嫌いにはなりたくない。このあたりは一般の内科や外科の診察と趣を異にするところである。風邪やノロだったら、嫌な医者でも我慢はするが、痔は違う。嫌いな医師には見せたくない(診せたくないと書くべきだが)。やや先走ってしまうけれども、ぼくが一度で終わらなかった手術を失敗と断定せずに、この医師に再度チャンスを与えたのも、この医師のことがどことなく好きだったからなのだ。このあたりの感覚は男の人にお尻を見られたことのある男でないとわからないとおもう。人間、経験が大切なのである。
「というか、切ったところが裂けて、膿が出ちゃったんです」
「いつですか?」
「昨日です」
 医師はぼくに奥の診察台に横になるように言って、新しいゴム手袋を箱から出した。看護師がバスタオルを渡してくれて、ぼくはズボンとパンツを少しだけ下ろして横になり、腰にバスタオルを掛けてからパンツを膝まで下ろした。診察台は壁に面していて、わたしは壁を向き、ややお尻を突き出すようにして医師を待った。この姿勢はシムズ体位といって19世紀に米国の女医が考案した姿勢だそうだ。かつて肛門科といえば、産婦人科とおなじ大股開きの姿勢だったが(あれは砕石位という)、患者の心理負担になるということで近年はこのシムズ体位が主流になっているらしい。じつはフライフィッシングのウエーダーの最大手にシムズというメーカーがあって、考えてみればあそこも元は下半身専門だった。まったくなんの関係もないとしても。
 この調子のストーリー進行だと、今この時点に辿り着くまでにあと一年かかるかも。そのころにはまた新たな痔で悩んでいたりして、もしかすると死ぬまでこのブログ記事は終わらないのか、いや死ぬまで痔が治らないのは困る! ではまた近々に。

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# by bbbesdur | 2017-03-07 21:15 | health care

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 単に膿を出すだけの切開を手術だと誤解していたぼくには「やっぱりそうだったか」という気持ちもあった。というのも、ぼくが病院で経験したのは、かつて職場の先輩たちが口々に嘆いていた「痔の手術の信じられない痛み」からは程遠い痛みだったからだ。手術の痛みを恐怖したぼくは、インターネットで「切らずに治す」方法を探したが、あっという間に玉砕した。「切らずに治す」ことが出来るのはイボ痔と一部の切れ痔に限ってのことなのだった。痔瘻に関しては「手術する以外に治す方法がない」ということがはっきりしていた。ただ、インターネットで得た情報に救われた点もあった。曰く「手術そのものは痛くない」という体験談が多かったのだ。痔の手術技術は、この20年くらいで急速に進歩したらしく、かつて痛い思いをしたぼくの先輩たちの体験談はいまや伝説らしかった。
 ぼくのような痔のシロウトがインターネットで自分の病気についてあれこれと調べることには様々な意義があった。なによりも体験談の多さから痔という病気が特殊でないことがわかって安心した。たとえばこの調査を見て欲しい。日本における痔の経験者は、なんと75%を超えているのだ。日本人の¾が罹患したことがある、あるいは目下進行中だというのに「いやー、参ったよ、今回の風邪はしつこくて」というふうには語られない。排泄器官というのは日常的に秘匿しつつ、具合が悪くなった時にも他人に隠し通される不憫な黒子なのだ。ほんとうはイチロー並みのメジャー・リーガーだというのに。
 もうひとつ興味ある事実は、日本人と西洋人の痔への対処の違いだった。日本人が自分の痔を認識して病院に行くまでに要する日数はなんと365日を超えているというのだ。いぼ痔なら市販薬で治してしまおうとする日本人とは対照的に、西洋人は罹患から通院までが10日程度だという(さっきネタ元のサイトを探そうとしたんだけども見つかりませんでした。細かい数字はともかく、いずれにしてもこのくらいの大差であることは間違いありません)。やはり日本人は病気になっても、恥ずかしがり屋さんなのだった。
 ネット検索のさらなる効用は、いろいろと調べるうちに、徐々に覚悟が決まって来ることだ。釣りから戻ったぼくはその日にガーゼに付着したイヤなものを確認したが、じつはそれ以降、膿らしきものの流出は止まっていたのである。ぼくはその時期、これで治ったのかもしれない、と思いたがっていた。ところが翌週のある朝、横須賀の駐車場で車に乗り込む際、まさに「ビリッ!」という感じで患部が避けてパンツが濡れた感覚があった。痛みはさほどでもなかったが、仕事中のお漏らしはマズイのですぐにトイレに行って、恐る恐るパンツを見ると、膿だった。じつはこれもネット検索で事前知識はあったのだ。一時的に治癒したようにおもえるが、そうではない、と書かれてあったのだ。この一件で、ぼくの覚悟は決まったのだった。つづく。

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# by bbbesdur | 2017-03-03 20:19 | health care