SOLID OCTAGONというロッドメーカーが誕生した。ショップは渋谷駅から7、8分歩いたところにある。とっても素敵な店舗だ。あるいは素敵すぎて、扉を開けることを躊躇うふらい人さえいるかもしれない。しかし気楽に扉を開けて、オーナーに声を掛けてみるといい。非常に気さくでソフトな人物が目の前に現れるだろう。ぼくはこの人、丸山聰さんとは鱒やの橘利器さんから紹介されて以来10年近い付き合いがある。紹介されたその日に、当時は渋谷の109裏にあった工房に連れて行かれ、グラファイトのソリッド・ブロックを8角形に削り出して作ったというフライロッドを初めて手にした。グラファイトとは思えないしっかりとした重量感があった。

「中空ではないところが最大の武器なんです」

 言うまでもなく、市場に出回るグラファイト・ロッドはほぼ100%金属のマンドリルにカーボン・シートを巻いて作られるため、結果的に中空構造となる。そんな圧倒的多数の中空軍団を敵に回し、丸山さんは自信を持った口調でそう言ったのだった。

 削り出しの機械も自製だった。バンブーロッド・ビルダーで言えばライル・ディッカーソンみたいだと大いに感心した。じつは丸山さんは表参道にあるSORAという指輪メーカーの社長で、金属加工は本職なのだ。直径2センチにも満たない金属の加工と1メートルを超えるグラファイト加工が同じはずもなく、そこに丸山さんが費やした10年という気の長くなる歳月がある。出会った当時、いつの日かロッドメーカーとして自立したい、と語っていたが、その時のロッドの完成度から、正直なところこんなに長い年月が必要だとは思わなかった。10年近い年月はそのまま丸山さんのプロフェッショナルとしての矜持なのだ。こういうメーカーこそ信用できる。コンセプトが10年前とまったくブレていないのもスゴい。8角という形状に代表されるユニークなコンセプトを生かしつつ、キャスト性能や耐久性、信頼性を向上させるためにロッドの各要素をブラッシュアップしつづけたのだ。

 バンブーロッドをメインに使うようになってからというもの、軽すぎるロッドを一日使うとぼくの肘は腱鞘炎気味になってしまう。OCTAGONにはバンブーロッドより少しだけ軽くした程度の適度な重量があって、反発したトルクでラインを運んでくれる。普段バンブーロッドを使っているけれども、たまにはグラファイト・ロッドも使いたいというふらい人にはうってつけのロッドだ。大概のバンブーロッドよりシャープなラインをキャストすることが出来るから試して欲しい。

 すべての金属パーツが美しく、かつ素晴らしく機能する。なぜ8角なのかという点については是非ショップを訪れて、直接丸山さんに聞くと良いだろう。グリップまで8角なのだが、じつはかなり使い勝手が良かった。かつフェルールも8角だから、ロッドを繋ぐときに100%ガイドがストレートに並び、かつ釣っている最中に左右にズレることもない。グリップとフェルールはラウンド形状でなくてはならない、というのは既成事実に起因するぼくらの先入観だ。道具のデザインは服飾などのデザインとは違って、あくまでも新デザインに新機能が付随して初めて古い伝統と訣別出来るのである。

 写真のロッドは24トン・カーボン(湖用、海用のロッドはそれぞれまた別な種類のカーボンを使っている)を使って開発された渓流用のロッドで、先週マジソンの激流に乗って下った15インチブラウンの抵抗に耐えた。本当は20インチ・ブラウンでバットの強度と粘りを試したかったんだけども、それはぼく側の問題で来年の宿題だ。

 ところでブランク・カラーは屋内で見ると超ジャパニーズな渋い漆塗り風なのだが、モンタナの青空の下では写真の通り、なぜかスカーレット・レッドに変身してアメリカン・ビューティーになる。これは写真の現像のせいではなく、ぼくはこの大和撫子の変幻性を大いに気に入っている。このあたりに指輪メーカーとしての着色の秘密が隠れているように思える。


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# by bbbesdur | 2017-07-09 13:10 | flyfishing

#694 痔の話 第20回



 診察室から戻ってきた看護師は消え入るような声で、

「すみません、ないんです」

 と言った。医師は一瞬沈黙した。ぼくはなぜか不意に「神隠し」という言葉を思い出した。神様サイドに何らかの理由や事情があって、メスを隠しているのかもしれなかった。

 ぼくの長い会社人生の中で、この看護師の立場になったこともあれば、医師の立場になったこともある。この時の医師の気持ちは痛いほどよくわかった。医師が必要としていたメスを準備していなかったのは看護師の責任でありながら、その指示が徹底されていなかったという点で上司である医師のマネジメント・ミスでもある。能力に秀でた部下を持つ上司は楽だが、能力の劣った部下を持つ上司は辛い。というのも部下の尻ぬぐいをしなくてはならないという現実的な手間暇、苦労もさるもことながら、それよりも自分のマネジメント能力不足が部下のミスによって証明されてしまうことが辛いのだ。だから一般的に能力のない上司は、腹いせに失敗した部下を叱咤する。部下に恵まれていないことを嘆き、自分のマネジメント能力を棚に上げる。しかしこの医師は上司の器の大きさが試されるようなそんなシーンでこう言ったのだった。

「そうですか、なくても問題ありません」

 安堵した看護師の心持ちがぼくにも伝わってくるような空気がお尻越しに漂ってきた。しかしながら看護師の安堵とは裏腹に、透明な波が打ち寄せるビーチを凝視している患者としては限りなく不安だった。なくても問題ないとしても、あるに越したことはないはずで、元来、道具というものは大概の場合、汎用性ではなく、専用性を指向しているものなのだ。先日、fbでいただいたFさんのコメントのように、スコップが必要なシーンでありながら、強引にユンボを使わざるを得ない状況なのではないかと疑ったのだ。なにしろこの医師は手術の腕前はともかく、患者との心理的駆け引きに長じていて、患者に不安な気持ちを抱かせない手練手管を心得ているから、医師の言葉をそのまま素直に信じることは出来なかった。医師はもちろんぼくが透明な波が打ち寄せるビーチを凝視しているふりをしながら、全身を耳にして彼らの会話を傍受していることを知っているのだ。それを十分わかっていながら口にする「なくても問題ありません」という返答は、間違いなくぼくに向かって発せられた言葉のはずだった。




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# by bbbesdur | 2017-06-20 22:59 | health care



 手術が始まっているというのに必要な器具が準備されていない。医療現場に限らず多くの業務現場でこういったことは日常的に起こっているのだろう。前回のfacebook記事へ昔の仕事仲間S.F君が以下のようなコメントをくれた。

「水道管が埋まっている地面を掘るのに、ユンボで掘ると破裂してしまうかもしれないがスコップがない(中略)という状況」

 S.F君はだいぶ前に会社を辞めて、奥さんの実家ビジネスを継いだはずで、たしか水道系の仕事だったと思う。とてもわかりやすい比喩だ。ひび割れた水道管は自分の身体を修理してくれる工事業者の到着を待ちかねていたというのに、待った挙げ句に、スコップがないだって!

 傷ついた土まみれの姿を地中に埋もれさせたまま横たわっている水道管に感情があったなら、その心中は察するに余りある。おそらくそれは人間の言葉で言うところの「絶望」だ。軽く明るい性格の水道管だったら、

「あのー、スコップなら向かいの家にあるとおもいますけど」

 くらいの一言は言うかもしれないが、大半の水道管は生まれながらにして寡黙なタイプが多いと思う。ぼくは全身そのものが水道管ではなく、下水用のパイプが腐食しただけだからほんとうに幸運だった。もしもう一度生まれ変わるチャンスに恵まれたとしても、水道管と釣りが好きじゃない男だけにはなりたくない。

 必要な器具がないのに、麻酔をかけられ、既にして第一刀は肉を切っている状況で、ぼくはこのクリニックを選んだ自分自身を呪っていた。気が短くて、気が強い人なら、

「メスの準備もしないで手術を始める病院があるか!」

 と怒鳴っていたかもしれない。ぼくは気は短いけれども、気が強くはないから、文句を言った後の医師の報復を恐れて黙ったままでいた。麻酔が効いていないことを知りながら、いきなりユンボで地面を剥がされる想像だけで、気絶しそうになるではないか!

 手術は医師の他に2人の看護師によって行われていたが、ひとりの看護師がメスを探しに手術台から離れて行く足音が聞こえた。手術室、そして診察室を見て回っているようだったが、

「ビンゴー!」

 の声は聞こえてこなかった。

 戦況の悪化を覚悟したぼくの目の前には、例の透明な波が静かに打ち寄せるヌーディスト・ビーチがあったけれども、気のせいか空の色が風雲急を告げるかのように薄暗くなり、遠くの波間には敵の上陸用舟艇が上げる波しぶきが見えるような気がした。



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# by bbbesdur | 2017-05-31 18:25 | health care