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 窓際に置いたシクラメンは大昔の上司から3年前の冬に贈られたものだ。
 定年退職後、彼が肺ガンの手術を受けて、かなりの部分を切り取ったと聴いて自宅に連絡したが、会いたがらなかった。ぼくはそのとき、きっとこの人は覚悟しているのだ、とおもった。
 半年後に大江戸線六本木駅のホームから落ちて大怪我をしたと聞いた。抗がん剤の副作用ということだった。ぼくはほとんど絶望した。彼は稀な上司だった。ウチの会社に尊敬できる上司なんていやしない、とおもっていたぼくが出会った唯一無二の手本だった。
 さらに半年後、年賀状が届いた。「治ったからメシでも喰おう」と書いてあった。新宿西口で待ち合わせた。治っているはずがなかった。ぼくは変貌しているはずの彼の姿を、すこし怖いような心持ちで捜した。こちらに向かってトボトボと歩いてくる年老いた男に彼の面影を見た。ずいぶん変わってしまった、と覚悟を決めたぼくの脇を男は通り過ぎて行った。彼は約束の時間ぴったりに、以前となにひとつ変わらない姿のまま、ぼくの前に現れた。
 信じられないことに彼は大酒を飲んで、ぼくを慌てさせた。メシ、なんてほとんど喰わないで、昔どおりに酒ばかり飲んだ。ハラハラするぼくに、「ばかだなあ、胃ガンじゃないんだぞ」といって、ぼくが「それでも肺ガンです」といったら、ちいさく笑った。
 彼は自分が再発を怖れていることを、おくびにも出さなかった。治って良かった、ほんとうに良かった、と繰り返した。彼はガンと真っ向から対決しているのだ。いちぶの隙も見せずに、正々堂々と、これまで生きてきた姿勢のままに、肺ガンと渡り合っているのだ。ぼくは彼からこういったことを教わってきたのだった。
 それからしばらく経って、ぼくはなぜか彼からシクラメンを贈られた。病人からもらうなんて、逆じゃないのか。なぜ彼がぼくにシクラメンを贈る気になったのか、いまでも不明のままだ。
 そしてシクラメンは今年の冬も咲いた。庭の日陰に置いていたら、夏を越しつつ、秋には早々とちいさな花さえ咲かせて、冬になってぼくの部屋にやってきた。
 今年の年賀状にも病気のことは書かれていない。あと2年、ぼくは絶対にこのシクラメンを枯らさない。放っておくのが一番、という彼の教えに従って。
 with RTSⅡ QUARTZ Makro-Planar 2.8/60C Velvia 2005冬 撮影
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# by bbbesdur | 2009-02-15 11:49 | around tokyo

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 観測史上初の2月の夏日ということだ。史上初であっても、なくても、2月の夏日はすごい。いつもの年とおなじようにやればいいんだろう、とのんべんだらりと過ごしている怠惰な春を奇襲し、あっという間に季節を制した夏に喝采を送りたい。
 with DMC-FX01 2006/7/25撮影
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# by bbbesdur | 2009-02-15 00:27 | around tokyo

春という事件

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 朝、天気予報で春一番が吹くと知った。昼前から風が強まるので、飛んでくる看板などに気をつけるように、という。色とりどりの看板が紙吹雪のように都心の空に舞っている光景を想って、ぼくは晴れやかな気分になった。通勤電車の窓から見える裸の桜並木は薄日を受けて静かになにかを待っていた。ラッシュアワーの車内さえも静寂な空気に包まれていて、通勤者たちは混雑を許容しているように見えた。
 昼になっても風はやってこなかった。ランチタイムに外に出て看板を見上げるぼくは、すこしばかり恨めしげな目つきをしていたはずだ。
 仕事が終わったのは夜の10時過ぎだった。ひと気の絶えた夜の金曜日のオフィスは息を止めた獣のようにおとなしく、どことなく偽善的だ。ぼくは真実を捜すように9階の窓から外を見下ろした。葉を落としたプラタナスは、夜に根を下ろしたいびつな鉄塔のようだった。それでもあきらめきれず、ぼくは地表を覗きこんで、うごく物を捜した。すると、正面のビルのロビーにちいさな人形のような人影がうごいて、するすると外に出てきた。そのときだ、真っ白い花のようなスカートがふわりと闇に咲いたのは。
 帰り道、いい気になったぼくを待っていたのは、吹き荒れる春の嵐だった。傘がなかったのだ。
 with FinePix F30 2009/2/13撮影
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# by bbbesdur | 2009-02-14 07:17 | around tokyo