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「それでは麻酔の注射から始めます」
 医師はそう言った。始めるも何も、すでにして注射を打てるだけ打ってるじゃないの! と思ったが、医師はふたつの手術を別物と認識して処置しているのだった。横たわった一患者としては、ほんの少し前の注射と同じヤツをまたまた打たれるだけのことだ。ぼくは極めて冷静に、今度のヤツがこの日12本目の注射であると計算していた。計算と言うのが憚られるような、これ以上ない単純な足し算だとしても、ともかく1日に12本も注射打たれたことある人って、そうそういないでしょ。念のために言っておくけど、BCG注射は全部で18個の痕が残るけど、あれは1本としてカウントするんだからね。もしギネスに挑戦する気があるなら、断然ジオン注射を薦める!
 ところで例によってどうしても話は逸れていくわけなんだけど、蚊に刺されるとなぜ痒いか知ってる? ぼくは、バイ菌が含まれているから痒くなるんだ、というような日本脳炎的かつ感覚的な連想をしていたけれども、それはまるで違っていた。多くの人にはとても信じられないだろうけども、これは厳然たる科学的事実だから心して聞いて欲しい。
 蚊に刺されたとき、当然1本の針に刺されるとおもっている人が多いとおもうが、じつは6本の針に刺されている。蚊は人間の皮膚に止まると、まず下唇と呼ばれる部分から3本のノコギリ状の針を突き刺すらしいのだ。その針に人間の感覚を麻痺させる麻酔薬的な唾液が含まれていて、痛い!って感じさせないようにしているらしい。人間の手術と同じ手順だ。その後、上唇、そして大顎から血を吸い上げる3本の針を突き刺して、一気に血を吸い取る。で、なぜ痒くなるかといえば、その麻酔薬、つまり蚊の唾液が人間の皮膚にアレルギー反応を誘発させてしまうからなのだった。蚊が1回に6本の針を突き刺しているなんて、絶対に許せない! もし3匹の蚊に刺されたら、ぼくのギネス並みの記録もあっさりと更新されてしまうではないか! 今年の夏は栗林中将なみに、徹底的に我が身を守ってみせる。蚊よ、かかってこい!

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# by bbbesdur | 2017-05-11 21:51 | health care

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「あと一箇所だけです。もう少し我慢してください」

 全部で3箇所あるのに、あと一箇所だけと言うのフェアじゃない。まだ三分の一が残っているじゃないか、と思いつつ、しかしぼくはマンマと医師の気休めに乗せられてカウント・ダウンを始めたのだった。あと3本注射を打てば、とりあえず前座は終わる。

「ちょっとチクリとしますよ」

 注射針がはっきりとお尻の粘膜に刺さった感覚があった。

「あっ、ちょっと痛い・・・・・・です」

「あ、やっぱりそうですか」

 やっぱり・・・・・・、って。発せられる言葉の一つひとつに意味を探ろうとする患者の心を知っている医師は、

「最後のヤツはK門に近いので、神経が届いているかもしれませんね」

 と言って、看護士に麻酔の注射を追加するように指示した。

「はーい、13番さん、おかわり一本!」

 合計お銚子11本となるわけで、さすがに酩酊もするだろうよ、と観念したぼくに医師は、

「ちょっとチクリとしますよ」

 と言って注射針を刺した。医師はまったくわかっていないのだ。チクリだって、これだけ飲めばボディーブローのように効いてきて朦朧としてくるものだ。

 そして医師は最後の痔核の周囲3箇所にジオン注射を打った。麻酔はまるで効いていないように感じたが、効いていなかったら絶叫するほど痛いのかもしれなかったから、たぶん効いていたのだろう。この時ぼくは、注射をする痛みを柔らげるために注射をする意義について疑問を持たないではいられなかったのだが、質問する余裕などなかった。

 医師がジオン注射の終了を宣言したとき、ぼくは既にして9回を投げきった先発ピッチャーのように疲弊していたが、信じられないことにはダブルヘッダーの2試合目もぼくの先発が予定されているのだった。

「では今度は痔瘻の処置をします」

 医師はほとんど間を置かずにそう宣言した。ぼくはユニフォームさえ着替えずに、汗だくのままマウンドに立った気分だった。三塁側のアルプス・スタンドからは相手チームの声援が聞こえてくる。

「かっ飛ばせ――XXX、BBB倒せ――、オー!」

 おそらくそれは幻聴だったのだろう、医師はかなり冷静に、

「ちょっとチクリとしますよ」

 と言った。それはぼくの耳に「プレイボール!」と聞こえた。


 

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# by bbbesdur | 2017-05-03 20:10 | health care

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「順番的には痔核の処置をして、その後に痔瘻の処置をします」
「ハイ」
 ぼくは「順番的には」という言葉が、きっとこの医師の常套句なんだろうとおもった。正しい日本語とは言い難いのに、どこか言い慣れた気配があった。言葉というのは不思議なもので「なるほどですね」のように、正しくなくても納得出来る響きが備わっていると、かえって癖になりやすいのだ(そういう人って、皆さんの周囲にもいるでしょ?)。きっとこのふたつの「処置」のコンビネーションは珍しいことではないのだろう。ぼくはそう自分に言い聞かせて、自分を元気づけた。
「まずK門に局部的な麻酔をします。そのあとで痔核の周囲に3箇所ジオン注射をします」
「ハイ」
 手術台で医師にお尻を向けて横たわったぼくは、これから自分の身に起こるであろうことを想像しながら、それでも楽観的であろうとしたのだったが、しかしどうにも腑に落ちないことがあった。というのも、痔核が出来ているのは直腸の部分だから痛覚がないはずだ。なぜ痛みがないはずの直腸部に注射するというのに麻酔する必要があるのだろう? 1箇所の痔核に3回の注射ということは、3x3=9+麻酔の注射=10回の注射だ。10回かよ。でもまあいい、いずれにしても麻酔の注射さえ我慢すれば、あとは無痛のはずだ。それも歯医者で経験するような局部麻酔の注射と言うのだから、たいしたことはないだろう。
 そんなぼくの疑問+疑心暗鬼などおかまいなしに、
「ゴメンなさい、ちょっとチクっとしますよ」
 医師はそう言って、K門の奥に注射針を刺した。はっきりと痛かった。チクリという歯医者の注射と違って、奥まできっちりと刺し通すから、はっきりと、かつ持続的に痛かった。
「では、ジオン注射をします。痛かったらそう言って下さいね」
「ハイ」
 医師はそう言った。もともと直腸部は痛みがないはずだし、麻酔までしたのだ。ぼくは医師の言葉は聞き流すことにした。
 しかしなぜか注射は痛かった。歯状線より奥にあって感覚のないはずの直腸への注射がなぜ痛いのか? しかも麻酔までしたというのに。ぼくは痛みと理不尽さの両面攻撃に心身ともに苦しんだ。まさかぼくの直腸だけが突然変異で神経付きっていうはずもない。つまり医師は気休めを言ったに違いなかった。まさか10回痛い後に、いよいよ本番が待っているなんて言えなかったのだ。
 ぼくは我慢した。
 痛かったらそう言うように、という医師に対して遠慮したのではなく、言ったところでどうにもならないと悟ったからだ。あと8回もこの同じ痛みを我慢した挙句に、ノルマンディー上陸作戦並みの総攻撃が待っているのだ。その時、ぼくは硫黄島の栗林中将の心境がわかった気がした。
 誰も助けてはくれない。徹頭徹尾、我慢することだけがぼくに出来るすべてなのだった。負けて、勝て! とぼくは自分を奮い立たせた。まさかその数ヶ月後に悲惨な沖縄戦が待ち受けているとは思いもつかずに。

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# by bbbesdur | 2017-04-22 21:08 | health care