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「タフでなければ生けてはいけない、優しくなければ生きる意味がない」とチャンドラーは書いた。人生訓として引用されることがあまりに多い名文句だ。ハードボイルド小説はそもそもの基本がカッコつけなんであり、それを美学として生きているやせ我慢の哲学であるが、言葉なく、カッコもつけず、コンクリートを突き破って咲いている道端の雑草には確かに生きている意味がある。ハードボイルド小説の主人公と、必ず出てくる意志の強い美女が形となって、すっとそこに立っているように見えないかい。
 with X-T1 Makro-planar 60/2.8C
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by bbbesdur | 2014-04-29 09:15 | flower

#670 恋の季節

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 春になって日替わりで新たな花が開花するけど、しかし彼らが咲くのは1年間で1度きりだ。動物にしたって発情期は年に1度と決まっている。人間の発情期が毎日なのは、間違いなく自然に対する反逆である。人間が年がら年中発情するようになったのは、言葉の発生と同調しているはずだ。そのとき、きっと彼女はこういった「今日はダメよ」。その結果、男は今日するはずだった交尾を明日に持ち越し、彼女はあるいは翌日も嫌がり、そんなこんなで、言葉を知った女はどんどん交尾は先延ばしにして、男は季節なんかにかまっていられなくなって、結果的にヒトは発情期を失い、代わりに文化としてのセックスを得たのだろう。つまり言葉がセックスを生み出したのだ。
 with X-T1 Makro-Planar 60/2.8C
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by bbbesdur | 2014-04-28 00:20 | flower

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 今日の東京は汗ばむ初夏の陽気で、樹々も花も元気で饒舌だった。陽気に誘われてふらりと散歩に出たのはいいけれど、帽子をわすれてしまった。小一時間歩いたあたりで頭がぼーっとしてきたから、コンビニでアイスクリームを買って、駐車場の車止めに腰を下ろして食べた。すると壁際の、土なんてまるで見えないコンクリートの隙間から茎を伸ばしていたヒメジョオンが、アイスを頬張っているぼくに向かって語りかけてきた。彼女曰く、ほんとうはイソギンチャクになりたかったのだけれど、山から下りる道順を間違えて、やむなくここに根を張ったんだという。ヒメジョオンの身の上話に付き合う心境じゃなかったから、早々に立ち上がってしまったけれども、こんどの週末に時間があったら彼女を引っ張り上げて、沖縄の海に連れて行ってあげようとおもってる。
 with X-T1 Zeiss Makro-Planar 2.8/60C
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by bbbesdur | 2014-04-27 00:50 | flower

#668 例年並み

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 今年の東京の春はとても穏やかで、過激なところがない。そういえば春一番でさえ、遠慮がちに吹いた。冬から春にかけての季節の歩みがこれほどのんびりとした年って最近の記憶にはない。つまり「例年にはない」くらい例年並なのだ。
 with X-T1 Zeiss 60mm/2.8C
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by bbbesdur | 2014-04-26 09:34 | flower

#658 狂い咲き

 
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 凍てつく朝、庭に植わっているバラが咲いていた。花が美しいと朝も美しい。眺めているこちらだけが美しくないわけだが、美しいとおもう気持ちがあるだけでいいじゃないか。
 with GR
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by bbbesdur | 2014-01-12 00:25 | flower

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 意図的に持ちこまれようが、なにかの偶然で生育するようになろうが、いまや帰化植物は日本固有の植物生態系を壊すために歓迎されることはない。美しければ我慢する気にもなるが、たいがいの帰化植物は美しくない。平野部における代表格はセイタカアワダチソウだろう。「憎まれっ子、世にはばかる」の謂れのとおり、イヤなヤツというのは、つまりは競争意識が強く、自分の都合を最優先して生きているから、必然的に勢力を広げやすい。そんなイヤなヤツにも弱点はあって、セイタカアワダチソウの場合、他の植物の繁殖を防ぐために放出していた物質が、繁殖し過ぎると自分に作用してしまうらしく、近年は減りつづけているらしい。自分で仕掛けた地雷を踏んで自爆してしまっているわけで、同情の余地はない。
 平野部にも多いが山に釣りに行っても、必ず目にするのがヒメジョオンだ。セイタカアワダチソウと同じく北アメリカ原産種である。開花の季節が渓流釣りのシーズンと重なっている。帰化植物にしては可憐だが、しかしそれにしてもどこの山に行っても、林道沿いに咲いていて、山野の光景を単一化してしまっているから感心しない。セイタカアワダチソウ同様、日本生態学会から「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれている。
 with E-M5 ED60mm/f2.8 macro 自宅付近
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by bbbesdur | 2012-10-16 21:57 | flower

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 君は仕事に疲れて浜辺に走った。そして海を眺めて、とてもおおきな深呼吸をした。「わたしは深呼吸をしているんだ」というふうに意識して。そうすると、こころのなかに溜まった黒い異物が、すくなくとも灰色の霞くらいにはなる。海にそんな効用があることを、君はだいぶ昔に写真集で知った。
 Joel Meyerowitzの「BAY/SKY」。すべての写真が8x10の大型VIEWカメラで撮られている。どのページにも海岸と空しか写っていない。きわめて微妙なトーンの色彩がページを満たしつづけ、どこまでいっても、穏やかな海と空しかない。そして眺め終わって、写真集を閉じたあと、君は自分のこころに静けさがやってきていることに気づいた。それからというもの、こころに靄がかかったり、棘が刺さったりするたびに海へ行く。浜辺で生まれ育ったのに、海を知ったのは写真集だったわけだ、と君は苦笑した。ぼくは飲み屋でのそんな君の話を、ふーん、といって聴いていた。
 ぼくは一昨日、浜辺に走った。そして「ぼくはいま深呼吸をしているんだ」というふうにおもいながら、深呼吸をした。浜辺の花がじっとそんなぼくを見ていた。見つめ返すと花は花でなくなり、人のようにおもえてきた。
 君が正しかったことを認める。海につきまといがちな抒情的な気分を否定して、どちらかというとバカにしたような顔をしたことを謝る。海を見ている自分の背中をナルシスティックな想像で見ているんじゃないのか、なんていったことを謝る。
 ほんとうだ、海には汚れたこころを浄化する作用があった。
 今回のようにたまたま出張先の近くに海があるときはいい、沖縄にいるときもだいじょうぶ。でも東京にいるとき、海は遠い。晴海埠頭なら銀座からすぐの距離なのに、気分的に遠い。つまりこころが海からかけ離れた距離にあるのだ。だからこそぼくにも海が必要だ。ぼくは注文した「BAY/SKY」の到着を待っている。海が家にやってくるのだ。
 with GRDII 2009/5/26撮影 西条
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by bbbesdur | 2009-05-28 19:30 | flower

#119 バラの留守番

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 日曜日の雨上がりに母に会いに行った。けれど、家にはだれもいなかった。携帯電話に連絡すると、博多の実家にいるという。父はいるはずなのだが、どこにもいない。庭に回って、バラを撮った。母がいつからバラの栽培に凝り始めたか記憶にないが、すくなくとも10数年にはなるだろう。
 黄色いバラの花弁が葉叢とともに東側の壁を覆い、寝室の窓だけがまだ空に居残っている雨雲を映して暗かった。だれもいない実家はバラの芳香と色彩に溢れていながら、淋しかった。
 with E-420 Makro-Planar 2.8/60C  2009/5/24撮影 実家にて
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by bbbesdur | 2009-05-26 21:47 | flower

チューリップ伝説

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 さいた さいた チューリップのはなが
 ならんだ ならんだ あか しろ きいろ
 どのはな みても きれいだな

 むかし むかし チューリップは王女
 ならんだ ならんだ 恋する騎士が
 どこから みても きれいだと

 ゆれる ゆれる チューリップのはなが
 かぜに ゆれて にこにこわらう
 どのはな みても かわいいな

 ゆれる ゆれる 王女の気持ち
 天に とどけ わたしの願い
 どの騎士 見ても おなじだと

 かぜに ゆれる チューリップのはなに
 とぶよ とぶよ ちょうちょが とぶよ
 ちょうちょと はなと あそんでる

 きいた きいた 王女の願い
 フロラ フロラ お花の女神
 あなたは きょうから チューリップ

 with GRDII 2009/4/19撮影 自宅
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by bbbesdur | 2009-04-19 11:51 | flower

花の蝶々

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 マレーシアにハナカマキリという蘭にそっくりのカマキリがいる。ずいぶん昔に昆虫写真家の海野和男さんの写真集で知った。肉厚で透明な薄紫色の肢体が枝に静止していて、ほんとうに蘭が咲いているように見える。密を吸いにやってきた虫はきっと「咲いている花がなんでいきなり蕾になっちゃうんだよー!」とおどろいている間にガブリと食われてしまう。美しい花に化けた殺し屋というのはいかにも残忍で血も泪もなさそうで素敵だ。
 もともと生物の美しさのなかには残忍さが潜んでいるはずで(生物の美しさはいつでも生殖や生存を目指し、競争相手を蹴落とすためのものだから)、その究極がハナカマキリであるなら、ぼくはこういう相手なら食われてもいいかな、とさえおもうのだ。もちろんカマキリは美しい人間の女性の姿をしていてもらわなくては困る。カマキリに食われるのは映画のエイリアンみたいで怖すぎていやだ。
 それにしてもカマキリの雄のように、生殖活動直後に美しい雌に食われてしまうなんて、ああ、なんと残酷で美しい夢だろう!
 そう、そう、朝から阿呆のように夢想していてわすれそうになったけど、写真はハナミズキでした。虫が花に化けているんじゃなくて、花が虫に化けているように見えないかな? あんなにたくさんの蝶々が集まっているのだから、さぞかし甘い蜜が溢れているんだろう、と虫を騙すために。じっさいピンク色のは花じゃなくて総苞片(そうほうへん)で、例によって樹木の虫寄せのための色彩戦略。ほんとうの花は総苞片のなかに密集して咲いているわけだけど、そんなこんなで、この世の中、なにひとつとして信じられないわけです。
 with NIKON D700 SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM 2009/4/18撮影 自宅付近
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by bbbesdur | 2009-04-18 11:23 | flower