2017年 03月 27日 ( 1 )

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 診察を終え、改めて診察室の椅子に座ったぼくに向かって、医師はお尻の断面模型を見せた。ぼくの痔核は内痔核と言って、歯状線(しじょうせんと読む)の内側に出来たイボ状の腫れ物のことである。歯状線はK門の奥にある。K門は外側からはシワシワの円い穴に見えているから(ぼくを含む多くの人が自分のものを見たことがないんじゃないかな)、ぼくたちは普段K門を2次元的に意識しているが、医学的には奥行きは3センチ前後あるのが普通だそうだ。で、この3センチ先には直腸がある。その直腸とK門の境目がギザギザになっていて、そこを歯状線と呼ぶのだ。つまりぼくたちが一般的にイボ痔を指しているのは、この歯状線より外側、つまりK門に出来た腫れのことで、外痔核という。ところが歯状線から内側の直腸側が腫れることもままあって、それが内痔核である。腸には痛みを感じる神経はないから内痔核そのものは痛くない。痛くなるのは内痔核が腫れ上がり、歯状線の外側、つまりK門に飛び出したケースだ。ぼくのは3つとも完全な内痔核だから痛みはなかったが、医師はついでだから処置することにしましょう、とぼくの意思を問わずにそう決めた。
「処置というと?」
「注射を打つんです、もともと神経がないところだから、あまり痛みは感じないと思います」
 そうこれが「切らずに治す」噂のジオン注射なのであった。ぼくはひとまず安心したが、肝腎の痔瘻についてどうするのかの説明はない。ぼくは恐る恐る聞いた。
「Bさん、痔瘻というのは、切らずには治せないんですよ」
 医師は銀座のアップル・ストアでMAC BOOKの値引きを訊いた客に対して「大変申し訳ありませんが、あいにくお値引きをすることは出来ないことになっておりまして」と笑顔で答える店員のように、使われている丁寧な言葉づかいと表情とは裏腹に、この決まりごとに例外はないという断固たる信念を表明した。一般的にはポーカー・フェイスが多いこの業界で、この医師はどこか役者的なというか、営業的というのか、豊かな表情を見せるのが特徴で、それはどうやら「わたしには患者さんの気持ちが十分わかっていますよ」という表明らしかった。ぼくのジョークには笑わないから、どこかチグハグな印象で、だから役者的に見えるのだ。ひょっとすると単にぼくのジョークが面白くないだけかもしれないとしても。
 わたしは1945年8月15日の玉音放送を聴いた後に日本国民が感じた虚脱感を胸にクリニックを後にした。うすうすわかってはいたけれども、やっぱりダメだったか。耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできたというのに、やっぱりそうか。折しもクリニックの真裏では家の建て替え工事が行われていて、トカトントン、トカトントンと小槌の音が響くのであった。

 

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by bbbesdur | 2017-03-27 21:30 | health care