2017年 03月 09日 ( 1 )

a0113732_20380817.jpg

 ぼくが選んだそのクリニックはお尻の専門医ではない、ということを前回の記事でいただいた「みと肛門クリニック」に関するfbコメントで思い出した。だから待合室で座っている患者同士が、それぞれどんな病気を患っているのかはわからないのだ。待合室で堂々と「オレは風邪だからな!」というように胸を張る必要もないが、ぼくの観察した限りでは、痔の患者は心の隅に暗がりを宿しながらも、どこか放心したような、諦めた表情をして坐っている。不思議なもので、同じ医院に長く通っていると、同病の患者は察しがつくようになるのだ。もちろんこの察知能力は今後のぼくの人生には何の役にも立たないし、明らかにされることもないだろう。それはそうだろう、隣に坐っていた男が突然立ち上がって「ふふふっ、隠しても無駄だよ、君の正体はGメンだろう!」なんて、言われたら、普通の神経の人だったら二度とこの医院には来ない。好きな先生の営業妨害はしたくないから、ぼくは自分の隠れた能力を秘したまま黙って椅子に座っていた。
 痔の患者特有の腑抜けた表情の由来は医師や看護師にお尻を見られているという一点に起因しているとおもう。そもそもお尻を見せているのに、深刻な表情は出来ないのが人情というものだ。このあたりは身体の関係ができた男女を考えれば容易に想像出来ることで、通じ合うことによってお互いの表情のどこかに甘えやら、隙やらが生じるものである。およそ一年にわたるこの医院との付き合いで、ぼくが唯一不満だったのは医師がぼくのジョークに対して、あまり良い反応を示さなかったことで、この点で彼は痔の患者特有の出所不明の劣等感を見誤っているとおもう。その点、看護師や受付の女性はぼくに優しかった。
 手術当日は都心にも薫風が吹き抜ける、痔の手術を受けるにはもったいない、あまりに美しい日だった。受付で診察券を出すとき、ぼくは、
「こんなに素晴らしい日なのに、ぼくは穴グラのように陰鬱です」
 と嘆いたら、素直に笑ってくれた。この笑いは、痔の患者がどうしても感じてしまういわれのない劣等感を理解しているからこそのものなのだ。ぼくは笑ってくれた若い彼女たちが今後の人生で、好きな男以外にお尻を見られないよう心から祈った。
 とここまで書いて、念のために前回の記事を読み返したら、なんとぼくはまだ手術の宣告を受けていないじゃん! あまりのストーリー展開の遅さに、自分自身がついていけないなんて!
 というわけで、次回はもう一度、
「というか、切ったところが裂けて、膿が出ちゃったんです」
「いつですか?」
「昨日です」
 まで戻ってから、リスタートします。お急ぎの方はいませんよね? もしどうしても事情あって、緊急にストーリーの行く末を知る必要がある方は、fbでメッセージ下さい。ぼくに可能なあらゆるアドバイスを差し上げます。

[PR]
by bbbesdur | 2017-03-09 20:48 | health care