#292 ロマンチックな男たち

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  頭上をJALの真っ白な機体が左におおきく旋回し、着陸態勢に入ってゆく。フェリーの窓から空を見上げて、彼女はいった。
「やっぱり飛行機にすれば良かった、っておもってるんでしょ?」
 サンフラワーだいせつが大洗を出発したのは午前1時45分。14時間以上かかって、ようやく青森県の沖合を通過しているのだ。
「ねえ、そうでしょ?」
 胃のなかにはもう吐き出すものがない。男は口を開く気になんてならない。ただ、犬のように、うーっ、というちいさな唸り声を発しただけだった。
「あなたなんだからね、フェリーで北海道に行ってみたいっていい出したのは。飛行機だったら、たった1時間半で着くっていうのに。しっかりしなさいよ」
「うーっ」
 男は気分がわるくてほとんど思考する力を失っている。しかしたしかにそれは彼の提案だった。彼は、
「太平洋で見上げる冬の夜空にどれだけおおくの星が瞬いているか知っているかい?」
 といって説得したのだった。彼女は、きっととっても寒いわ、と口にしかけて止めた。彼が、
「ふたりでひとつの毛布にくるまって見る満天の星空はきっと一生忘れられないものになるよ」といったから。
 しかし現実はちがった。彼はフェリーが港を出た直後から船酔いで、ずっと寝たきりだったのだ。かいがいしく彼の面倒を見ていた彼女自身も数時間後には気分がわるくなった。どこにも脱出できないこの状態が、あと10時間以上もつづくのだ。彼女はほとんど絶望した。
「あの飛行機の窓からわたしたち見えてるわよね」
「うっー」
「ばかだなあ、っておもってるでしょうね」
 ちょうどそのとき、彼女が見上げる飛行機の機内では最終の着陸態勢に入ったというアナウンスがながれていた。窓際に坐ったひとりの男がテーブルを元にもどしたとき、眼下にフェリーが見えた。海は荒れていて、横腹に描かれた太陽がまるで冗談のようだ。激しく白波をあげつつ、北上している。苫小牧へ向かっているのだ。
 いつかやってみたい。彼女とふたりで大洗を出発して、夜甲板に出て、ふたりで星を見るんだ。きっとわすれられない思い出になる。いつか、きっと、やってみよう。
 彼はそうおもった。
 with GRD3 2010/2/3撮影 八戸沖
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by bbbesdur | 2010-02-04 07:45 | 短編小説