#164 北海道シリーズ 第4回 <旭川で沖縄を語る>

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「スーパー白鳥1号」で三沢を出たのが午前10時半、函館で「北斗11号」に乗り換え、札幌でオホーツク7号に乗り換えて、旭川に到着したのは19時すこし過ぎだった。旭川駅の駅舎を出たとき、街はたそがれの真っ只中に薄紫色に染まっていた。
 駅舎正面に立って、ぼくはしばらく、緩い下り坂の向こうにまっすぐつづく一本道の美しさに見とれた。街並みがとくに美しいわけではない。いまどきのあたりまえのビルがあたりまえに立ち並んでいるだけのことだ。けれども一本道はどこか孤高に延びていて、ぼくに街の主役が建物ではなく、道であることを伝えてきた。
 ぼくは広い街路に無造作に並んでいるベンチに腰掛けて、しばらく空を眺めていた。やがて空から色が消え、ぼくは立ち上がって宿に向かった。宿で地図をもらって、宵の口の街を歩き回った。ぼくのような旅人を気軽に迎え入れてくれる居酒屋はないかな、とおもいながら、入り口の暖簾を分けたり、扉から店のなかを覗いてみることを繰り返した。
 いずれビール1本と地酒1合、それに酒の肴をせいぜいふた皿くらいのことなのだ。けれども酒場でこそ街や人の歴史がわかるとぼくは固く信じ込んでいるから、店の選定はかなり慎重になる。旭川は手強い、と弟子屈の鱒やさんからの事前情報もあった。こころして選ばなくてはならない。
 カウンターがあることが必須の条件で、すでに地元の人らしき数名が坐って、愉しげに語らっていてくれれば、ほぼ完璧だ。これまでの愚かしい過ちの繰り返しから、観光ガイドに載っている店がまずは候補外とかんがえていいことは学習した。しかしこのごろは観光ガイドなんて買わないから、それもわからない。経験による勘だけが頼みだ。
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「天金あきを」の扉は開け放たれていて、暖簾越しに覗くとカウンターに2、3名の先客がいて、手前の椅子に女将らしき女性が腰掛けて新聞を読んでいた。気取らないところがいい、そうおもって勢い良く暖簾を分けた。
 アブラボウズという魚を焼いてもらい、マガレイを揚げてもらった。旭川は北海道のヘソだから海なんてどこにもないのに、魚はとてもおいしかった。
 店の主、信田昭男さんはカウンター越しに、やや酔っぱらってきたぼくの写真を撮った。そんなの初めてだ。やがて信田さんはぼくの隣に坐って、ビールを飲み始めた。ご自身の病気のことを話された。ぼくは東京や沖縄の話をした。そしてお互いの息子についての話をした。溜息をついたり、苦笑し合ったりして、たぶんお互いを慰め合っていた。
 ぼくがやや長居をしすぎているようにおもって腰を上げたとき、彼はとても残念そうな表情をした。
「北海道はほんとうに暮らしやすいから、引っ越してくるといいよ」
 ぼくは沖縄に浮気することはできないから、正直にそのことをいった。他人に恋人について語るときのような面映さがあった。
「そうか、しかし沖縄は暑いだろうに」
 というから、ぼくは、
「北海道は寒いじゃないですか」
 と返し、ふたりで笑い合った。遠く沖縄から離れて沖縄を語るとき、ぼくは自分があの島をいかに愛しているかがよくわかる。
「まあいいか、写真を送るから住所を教えてよ」
 東京に帰ってから数日して写真の入った封書がとどいた。ぼくは営業経験がながいから、それが営業的行為であるかどうかなんて、すぐわかる。信田さんは、ただこころからぼくを歓ばせようとして、写真を送ってきたのだ。
 同封されたメモはカレンダーの裏紙を利用したものだったし、封筒はガムテープの切れ端で申し訳程度に封されているだけだった。まるで店の佇まいとおなじく、気取らず、まったくの自然体で。
 机に向かっていたぼくが手紙から目を上げると、そこに、夕暮れにひっそりと佇んでいる駅前の一本道と信田さんの店がふいに立ち現れた。
 with GRDII 2009/7/16撮影 自宅、2009/7/10撮影 旭川
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by bbbesdur | 2009-07-16 21:03 | series