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#147 アクアマリンの瞳 最終回

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 それなのに気がついたとき、わたしはどうしたことか、渋谷駅構内の救急介護室にいたのです。山手線外回りのホームでふらついていて、入線してきた電車に吸い込まれそうになったわたしを、ひとりの若い女性が救ってくれたのだと、現場を目撃した駅員さんが説明してくれました。わたしは自分が倒れたのがホームではなく、病院の入り口であることを、駅員さんに訴えようとしました。でも、じゃあなぜ自分はいまここにいるの? そうおもったとき、過去が現在に混ざり込むような奇妙な感覚とともに妹と渋谷に買い物に出かけた帰り道の光景が蘇ってきたのです。わたしたちが事故にあったのは今日ではなく、昨年の冬のことではないのか、妹はもうこの世にはいないのではないのか。呆然とするわたしにむかって、駅員さんは最後に付け加えるようにこういったのです。ほんとうのことをいうと、助からないとおもいました。いや、失礼、しかしじっさいあなたのまわりにはだれもいなかったのです。あの若い女性は野良猫のような素早さで突然柱の影から飛び出してきてあなたを救ったのですから、と。
 わたしはいま妹と暮らしてきた部屋にいて、彼女がこれからの人生でしたはずのたくさんの恋をおもいながら、あなたにメールしています。これまでわたしのしてきたようなつまらない恋のようなものであっても、彼女にいちどだけでも味あわせてあげたかった。bbbesdurさん、死んだ人でもできる恋の話を知りませんか?
 ぼくはこの見知らぬ女性に返事のメールを出そうとして、じつはひとつの物語を書いた。そして送ったのだが、メールアドレスが正しくない、というメッセージが返ってきた。
 それで、こうしてあなたに向けて今回の「アクアマリンの瞳」を書いたのです。返信していただければ、死んだ人でもできる恋の物語をお送りします。ご連絡をお待ちしています。
 
 with GRDII 2009/6/21撮影 八ヶ岳
by bbbesdur | 2009-06-24 23:22 | 短編小説