#128 庭のテレビ 第3回

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 健康ランドの休憩室には老年のカップルがおおかった。夫がなにかをいうと、妻が答え、妻が口を開くと、夫が返した。どのカップルも似たり寄ったりだった。そうだ、だいたいこうなるものなのだ。
 彼は生ビールのおかわりをした。注文カウンターに立つ若い女性は近づいてきた彼を見てにこやかに笑い、おかわりですね、と、びっくりするほど嬉しそうな声を出した。黒々と光るポニーテールをおおきく揺らして奥へ行き、生ビールを持ってもどってきた。凍ったジョッキから冷気が下に向かって落ちていき、取っ手を掴んだ彼女の指先はすこし赤らんでいた。
――うまそうだなあ。
――特別に冷え冷えのを持ってきたんです。
 彼は彼女の顔を見つめた。もちろんそんなはずはなかった。気の利く女性らしい営業用の軽口で、まさか父親ほどの男に興味があるはずがなかった。ネームプレートには小川さやか、とあった。いい名前だ、とてもいい名前だ、と父親は感心した。
 家に帰り着くと、妻はすでに寝ていた。いつも遅くまでテレビを見ていたのだ。昨晩までは。
 彼は窓辺に立って、暗い庭のなかに佇んでいるテレビに目を凝らした。テレビに異変はなかった。以前からそこに置かれているように落ち着き払って庭に坐っていた。ブラウン管はもはやなにも映し出してはいなかったが、しかしなにかを映し出したくて仕方がないように見えた。彼は窓を開け、庭に出た。
 ブラウン管には、彼と妻が出会った春の日の午後の映像が映し出されていた。
つづく
 with GRDII 2009/5/4撮影 有楽町
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by bbbesdur | 2009-06-04 22:54 | 短編小説