#623 富士フイルムX10を手放した理由

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 カメラに関するぼくの記事は、どうにも前段が長過ぎて、なかなか核心に踏み込まない傾向があるというご指摘を受けて、今回はいきなり結論です。
 富士フイルムX10を手放した最大の理由は、X10のファインダーに耐えられなくなったからです。
 X10最大のウリは光学ファインダーが備わっていることだとおもいます。コンパクトカメラとしては大ブリですが、光学ファインダーがあるなら許せるとおもってX10を買った人、あるいは検討している人は少なくないのではないでしょうか。
 カメラはやっぱりファインダーを覗かないと撮っている気がしない、という人は主にオジさんに多くて、ぼくにもその気持ちはわかります。というのも、フィルム時代には「ファインダーの見え」がカメラの格を決定していたからです。視野率100%はプロ仕様と同義語でしたし、高級一眼レフのカタログには決まっていかにも見えが良さそうなガラスプリズムの写真が掲載されていました(いまでも)。
 コンパクトカメラになにを求めるかは人によって違うでしょうが、ぼくについていうと速写性がすべてです。 X10の前はGRD3を使っていましたが、速写性については問題はありませんでした。現存のコンパクトカメラの中でもやはりGRD(いまは4ですが)の機能性、速写性は際立っているとおもいます。ただGRD2からGRD3に乗り換え、次も素直にGRD4にしようとしている矢先にX10が登場してしまったのです。
 購入する際、X10にはGRDほどの速写性が期待出来ないことはすでにわかっていました。それでもヨドバシだったか、ビックだったかで見た瞬間、衝動を抑えることが出来なかったのです。ライカMを買えないぼくに一番近かった、それでもレンズへの投資を考えて買えなかった中古のライツ・ミノルタCLを彷彿とさせるスタイリング(ミノルタCLEにはさらに似ている)にクラッときて、そしてなによりも光学ファインダーがあることに激しくヨロめいてしまったのです。GRD4が良いカメラであることはわかっていましたが、さすがに3台おなじスタイルをつづけて購入することへのためらいと、なによりも肝腎の撮像素子がGRD3と同一であることが、ぼくの気持ちを引き止めました。そんな折りに店頭で富士フイルムのX10を見て、一目惚れしてしまったのです。
 嬉し恥ずかしX10との蜜月の日々はこのblogの#500前後にあるとおりです。なによりも富士は画がフィルム時代と似た調子(色)なので、散々フィルムに投資してきたぼくらオジさん世代には最も写真らしく見えます。画については不満はありませんでした。コンパクト・カメラであれだけ写れば上出来でしょう。
 けれども、使っているうちに、最も惹かれたはずのファインダーをほとんど使っていない自分に気づきました。ズームに合わせて視野角が変わるのは優れものなのですが、それにしてもパララックスが激しすぎて、どうにもぼくには使いこなせませんでした。結果的に背面の液晶を確認しながら撮るという、デジカメ・スタイルになってしまったのです。ファインダーが使えないのに、この大きさはムダだ、とバッグから取り出す度に不満が溜まってきました。溜まるといえば、あのファインダー、異常にゴミが入りやすいのです。せっかくのガラスプリズムが台無しです。
 X10の操作上の特徴であるレンズを回すことによる電源ONも安定感に欠けていて、早く回しすぎると起動しないこともままありました。それにやはり両手を使わないと電源が入らない仕掛けは、激しく速写性を損ねました。ポケットに入らないこともぼくの使い方だと大きな問題でした。ポケットから取り出しているその間に電源を入れたいのです。
 スタイリッシュですし、大きさそのものは絶妙なサイズ感なのですが、余分なものが搭載されていて、そのために大きくなっていると思い始めると、改めてポケットに入るGRDの素晴らしさがわかってくるのでした。浮気って、まあいつだってそんなものですが、しかし別れた相方に素直に謝ってヨリを戻すのも悔しいし、ひと月間のアメリカ旅行も迫ってきたし、どうしようかなあ、と迷っているところに現れたのがソニーのRX100だったのです。つづきはまた近々に。
 with RX100 2012/12 浦添
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by bbbesdur | 2012-12-11 00:47 | camera