#587 Blue Ribbon Flies

a0113732_16343212.jpg

 今シーズンの初めに、ブルーリボン・フライズは毎週発行しているニュースレターで、「ついに店の模様替えをした」とアナウンスした。わたしは、ブルーリボンも時代の波には勝てないのだろうな、とおもってややしんみりとした気分になった。あの気楽な雰囲気がなくなっちゃうのだろうか。ヘンリーズ・フォーク・アングラーズのように、まるでお洒落すぎる店に変貌してしまうのだろうか、と危惧したのだった。わたしは釣具屋は釣具屋らしい佇まいのままであって欲しいと願う古風な釣り人なのだ。
 で、先日行って驚いたことにはなにも変わっていなかった。驚いてクレイグに訊くと、
「おいおい、ユキどこ見てるんだよ、帽子コーナーが入口に近くなったじゃないか」
 というので、安心したわたしはおおいに笑った。

 クレイグ・マシューズはミシガンで警官をしていたが、フライフィシングに没入したくて、志願してウエスト・イエローストーンの警官になった。しかし州がちがえばまるでちがう組織だから、たぶんほんとうにイチから出直したのだろう。奥さんのジャッキーもミシガンの警察で働いていた。警官出動のディスパッチャーをしていて、つまりは職場結婚だ。
「初めはウエスト・イエローストーンの街中に住んでいたんだけど、騒々しいシティー・ライフがイヤだから、街はずれに引っ越したの」
 と、かつてジャッキーはわたしに語った。オフ・シーズンともなればゴーストタウン同然のあの街のどこにシティー・ライフがあるのだ、とわたしは呆れた。朝晩の通勤ラッシュに代表される東京のシティー・ライフを話して聞かせたら、本気で驚いていて「ぜったいに生きてゆけない」といっていたが、たぶんほんとうに生きてゆけないだろうなとおもった。というのも、わたしは以前かつての彼らの家に遊びに行ったときに、こころから驚いたことがあるのだ。大きすぎない平屋の素敵な家だった。それはいい、特別なことではない。問題はトイレに扉がないことだった。部屋の壁のくぼみにトイレはあって、音も匂いも筒抜けで、わたしはじつはかなりうろたえつつ、彼らがほんとうにワイルドな西部の人であることを知ったのだった。じっさいワイルドといえば、クレイグとジャッキーは蚊やアブに刺されすぎたあげくに、結果的に皮膚が反応しなくなって、刺されても痛くも痒くもないというのだから、「アンタら、モンタナの牛かい?」と悪いジョークのひとつもいいたくなる。

 クレイグと最近のフライフィッシング・ビジネスについてしばらく話したけれども、好調が持続しているようだ。これはボーズマンのリバーズ・エッジで働いているリック・スミスもおなじことをいっていたが、リーマンショック後の生存競争に生き残ったショップは、撤退した店が失った収益の受け皿になっているという。つまり市場自体は縮小していない。このあたりは日本のフライフィッシング事情とだいぶ状況が異なる。
 マシューズ夫妻のビジネス手腕は傑出している。ジャッキーは、お客さんはみんなわたしたちのフレンドだから、という。じっさい彼らとの再会を愉しみにウエスト・イエローストーンに毎年もどってくる釣り人もおおい。ふたり以外の店員も、なによりもフレンドリーであることを真っ先に意識するように指導されているにちがいなく、小売店における商売の基本をしっかり守っている、かなり古いタイプの店なのだ。
 先日も、60歳過ぎくらいの紳士がひとりでふらりと店に入ってきて「じつは仕事を引退したばかりで、フライフィッシングでもはじめようとおもってね。フレンドがともかくこの店に行けっていうから来たんだ」といった。
 クレイグは「わたしのいうとおりにしたら、今日中に一匹釣ることができる」と笑って返し、そのあとは自分が世界中に知られた釣り人であることを完全に忘れ去ってしまったかのように、一店員として真摯かつ丁寧に男性に接し始めた。その腰の低さといったら、彼がライズを目の前にしたマジソンの土手にひざまずくときと変わらない。商売と釣りを両立させることは簡単ではないけれども、クレイグ・マシューズはこうやって見事に生活とプライドの切り分けを行って、フライフィッシングを自分のものにしているのだ。
 その男性が頭の先から靴の先までをブルーリボンで揃えることを決めるのに5分とかからなかった。まちがいなく来年もクレイグに会いにくるな、とおもいつつ、話し相手を奪われたわたしは商売の邪魔をしないように、店を出たのだった。
 昔は夏のシーズン真っ只中であっても、朝9時を過ぎればのんびりしたものだった。通りの向かいにあるランドリーの洗濯機に洗濯物を入れてから、ブルーリボンに入ってコーヒーを飲みながらばかばかしい話をして愉しかった。今年は午前中はおろか、午後2時頃まではお客さんの波が引きつ戻りつするという。みんないつ釣りしてるのだろうか?
 with RX100 2012/6 West Yellowstone
[PR]
by bbbesdur | 2012-08-12 17:00 | flyfishing