#394 出発は遂に訪れず

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 先週、出張で久しぶりに佐世保に行き、帰路に慰霊碑に立ち寄った。敷地に入った途端に空気が変わった。というのは話が逆で、空気感が唐突に変わったことで、自分が敷地に入ったらしいことを知ったのだった。敷地は防波堤から脇の狭い道を挟んだところにあり、道路との明確な境界線もなかった。ぼくはちっとも厳かな気分にはなっていなかったし、花粉に気を取られてマスクを掛け直していた。民家が一軒、真横にあった。ちいさな公園のような場所だった。しかしそこには目に見えない歴史のバリアが張られていたのだ。一線を跨いだ途端、沖縄の戦跡とおなじ清澄な空気がぼくの頬を打ったのだ。

――もし出発しないなら、その日も同じふだんの日と変るはずがない。一年半のあいだ死支度をしたあげく、八月十三日の夕方防備隊の司令官から特攻戦発動の信令を受けとり、遂に最後の日が来たことを知らされて、こころにもからだにも死装束をまとったが、発進の合図がいっこうにかからぬまま足ぶみをしていたから、近づいて来た死は、はたとその歩みを止めた。
 経験がないためにそのどんなかたちも想像できない戦いが、遠巻きにして私を試みはじめる。
 
 島尾敏雄の『出発は遂に訪れず』の冒頭である。じつにクセのある粘度の高い文章であるが、それはともかく始めて読んだときには、戦った経験はおろか、いちども敵を見たことすらない若者たちが、いきなり特攻したのだなあ、という感慨で胸がいっぱいになった。ほんとうにあれは戦いではなく、無駄死にだったのだ、信じられないことに、彼らは、ただ自爆するためだけに爆弾を載せた戦闘機に乗り、魚雷艇に乗り、潜水艇に閉じ込められたのだ。そんなことってあるのか、しかもたった65年くらい前の話だ。たった半世紀ちょっと前だからこそ、いまだに米軍が沖縄に駐留しているわけだが、ぼくたちはそんな事実をインターネットや携帯電話の向こう側にわすれてきてしまっているらしい。
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 かつて長崎県の川棚町に特攻水雷艇の訓練所があり、島尾敏雄は『魚雷艇学生』のなかで、穏やかな湾内での訓練生活を淡々と描いてみせたが、時は終戦の前年1944年である。特攻を志願するかしないかを決断するために一日の休日が与えられ、その日の夜に特攻の可否を書いた紙を提出するのであった。特攻水雷艇とは魚雷艇に爆弾を積んで敵艦船に突っ込む魚雷艇を指すのだが、物資が底をついていた終戦間際に作られたその船舶は、ちいさな木製ボートに爆弾を乗せただけのシロモノだったという。
 いくら夜陰に乗じたところで、海を埋め尽くす圧倒的な米海軍に向かって、のんびり進んでゆくちっぽけな水雷艇は生命をかけたジョーク以外のなにものでもなかった。
 特攻に志願した島尾は180名を擁する部隊の司令官として奄美大島は加計呂麻島に配属される。出撃命令のないままに戦況は悪化してゆき、若き特攻隊員たちはなんとか自分の生命を代償にして国を救いたいと熱望する。しかしいっこうに機会は巡ってこない。
 そんな緊迫した日々のなかにありながら、いや、だからこそ、若き司令官島尾は島の長の孫娘ミホと知り合って、熱烈な恋へと発展する。夜な夜な密会を重ねるうちに、ふたりの恋は公然の秘密となる。いずれにしても司令官である島尾の死はそう遠い先のことではなく、周囲の目も寛容であった。
 広島につづいて長崎にも原爆が投下され、敗色濃厚な1945年8月13日夕刻のことだった。島尾率いる第18震洋特攻隊は米艦隊接近の報を受け、ついに出撃命令を受け取った。いよいよ死を覚悟した隊員たちは別れの水杯を酌み交わし、夜の海面に敵艦隊の出現を待つが、しかし白みゆく空の下、米海軍の姿はついになく、翌8月14日の夜に出撃が延期される。そしてそのまま翌15日正午の玉音放送となって、終戦を迎えるのだ。
 まるでハリウッド映画を地でいくようなストーリー展開であるが、これはほぼ事実であり、しかし夢のようなドラマとともに戦争が終わると、シンデレラ・ストーリー(といっても島尾が書くと、美しさや幸福感なんてものは、どこかに置き忘れて来てしまう)はおもわぬ方向へ向かってゆく。島尾の浮気をきっかけにして、ミホの精神が異常をきたすのだ。
『死の棘』には、そのあたりの私小説的詳細が息苦しいまでにびっしりと、かつ延々と書かれている。ぼくにはあの本にまつわる強烈な記憶があって、あれは20代後半の、しかしなぜ白昼の下りの京王線に乗っていたのか、いずれ仕事をさぼっていたにちがいないのだが、千歳烏山駅を通過したあたりだった。半ば過ぎまで読み進んでいて、どうにもこうにも我慢ができなくなり、たまたま空いていた窓の外に投げ捨てた。そのときの爽快な気分といったらなかった。本を捨てたのは、後にも先にもこの1回限りである。それでも島尾敏雄はいい。文章そのものが堂々巡りを内包し、粘り付きながらも奇妙に淡々としている、あの不思議なユーモア感覚(ぼくはそうかんじるのだが、おなじことをいった人を他に知らない)はほかの作家ではありえない読書経験だ。しかし、ホントのところ、この人が大日本帝国海軍の司令官だったなんて、とうてい信じられない。
 GRD3 2011/2
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by bbbesdur | 2011-02-27 00:45 | book