#300 太宰治という青春

a0113732_20121127.jpg

 富士山は通俗だと太宰は書いたが、もとより山が通俗であるはずがない。「富士山はうつくしい」「富士山はすばらしい」とおもいこんでいる人間が通俗である、と太宰はいいたかったのだろう。じっさい富士山の魅力はあまりに語られ、描かれ、書かれ過ぎてきているから、どう表現しようと、どこかで聞いたような感想になってしまい、結果的に通俗に陥ってしまう。そこを、通俗的に書かないとこうなりますよ、といいたかったのが「富嶽百景」だったのだろう。じつに太宰的なナルシズムである。しかし、じっさい「富嶽百景」はいい。最後に遊郭の女たちがピクニックに来ているシーンがあって印象的だったように記憶しているが、じつはぼくは富嶽百景をおそらく20年以上は読み返していない。それでもこうして記憶に残っているのだから、やっぱり太宰治はすごい、と認めるしかない。
 沖縄便では駿河湾越しに見える富士山は、広島や九州行きだと左下に見える。広角の28mmレンズでも、このくらいのおおきさに写る。冬の晴天率は高いから、左の窓際に座席が取れるといい。夏は真っ黒で蟻地獄の逆バージョンにしか見えない。しかし冬はやっぱり美しい。奥に見えているのは伊豆半島で、たしか太宰は大雨による洪水で死にそうになったはずだ。いや、あれは湯河原だったか。
 というようなことが正確なのかどうか、本棚を探してみたが、太宰の本は一冊もなかった。新潮文庫の黒い背表紙の彼の本の大半を読んだはずなのに、一冊も残っていない。いつだったか、太宰が猛烈に嫌いになったことがあって、そのとき古本屋に売ったのだ。おもいだしたくない自分の青春を捨てるように、ぼくは太宰を捨てた。
 with GRD3 2010/3/11撮影 富士山上空
[PR]
by bbbesdur | 2010-03-15 20:18 | around tokyo