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 医師がしばらく安静にしているようにと言って、カーテンの向こうに消えてしばらく後、ぼくは身体に異変を感じた。大イベントが終わった安堵の余韻に浸とうとしていたぼくだったが、じわじわと強まる便意(以降B意)にたまらずに看護師を呼んだ。しかし看護師は、そのB意は麻酔薬による手術特有のもので、ほんとうのB意ではないといって、なんとかがんばるようにとぼくを励ました。B意にさえ、本物とニセモノがあるのだった。手術台に横たわったぼくは人間社会全般にはびこる欺瞞と真実の総量を思った。オレオレ詐欺を引き合いに出すまでもなく、おそらくは真実を圧倒するとてつもない量の欺瞞が世に渦巻いていることは間違いのないところだ。あるいは真実のないところにも、果たして欺瞞は単独で存在することが出来るのだろうか? 表があるからこそ裏があり、たとえば美川憲一が存在しないで、コロッケが存在することが出来たのだろうか? とさらに考えを進めようとしたぼくだったが、しかしさらに強まる偽のB意にぼくはほとんど思考不能状態に陥っていた。

 カーテンを開けて医師が入ってきたとき、ぼくのB意はすでに暴発寸前に思われた。ぼくは平静を装って、あくまでも大ではなく小の方を想像させるような気軽な感じで、医師になにげなく「トイレに行きたいんですが」と言った。欺瞞は欺瞞を呼ぶものなのだと自身に言い訳をしつつ。しかし医師は騙されなかった。

「我慢してください。行っても出ません」

 とこの医師にしては、かなり明確にぼくの要望を拒絶した。ぼくのB意は弱まりはしなかったが、真実に欺瞞が怯んだ気配があった。

 ぼくは医師の言葉を信じて我慢した。じっさいぼくは手術が終わったばかりのクリーンな患部を最悪な形で汚染して、医師から再手術を宣言されることを恐れた。

 ところで欺瞞的なB意はどこか本質的な部分でホンモノのB意と違っていて、なにかしらフェイクっぽい感覚があった。しかしフェイクだから我慢できるかというと、それはまた別な話で、B意がB意であることには違いはなかった。B意が必要に迫られているために生じていても、必要でないのにたまたま副作用として(それは例えば右を押したら、左が出っ張るような事情で)生じていても、B意は紛れもなくB意でありつづけるのである。そこが中国製の偽ルイ・ヴィトンと違ってB意のような形のない感覚やら感情やらのやっかいなところだ。

 今振り返ってみて、今回の手術で一番辛かったのは、このB意を我慢している時間帯だったとおもう。なんとか競り勝ったと安心しかけていたところが、ロスタイムに予想外の猛攻を浴びて肝を冷やしたような気分だった。

 そして偽のB意は自身が亡霊であったことを認めるように、ゆっくりとぼくの身体から出て行ったのだった。


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# by bbbesdur | 2017-07-21 20:10 | health care


 医師がしばらく安静にしているようにと言って、カーテンの向こうに消えてしばらく後、ぼくは身体に異変を感じた。大イベントが終わった安堵の余韻に浸とうとしていたぼくだったが、じわじわと強まる便意(以降B意)にたまらずに看護師を呼んだ。しかし看護師は、そのB意は麻酔薬による手術特有のもので、ほんとうのB意ではないといって、なんとかがんばるようにとぼくを励ました。B意にさえ、本物とニセモノがあるのだった。手術台に横たわったぼくは人間社会全般にはびこる欺瞞と真実の総量を思った。オレオレ詐欺を引き合いに出すまでもなく、おそらくは真実を圧倒するとてつもない量の欺瞞が世に渦巻いていることは間違いのないところだ。あるいは真実のないところにも、果たして欺瞞は単独で存在することが出来るのだろうか? 表があるからこそ裏があり、たとえば美川憲一が存在しないで、コロッケが存在することが出来たのだろうか? とさらに考えを進めようとしたぼくだったが、しかしさらに強まる偽のB意にぼくはほとんど思考不能状態に陥っていた。

 カーテンを開けて医師が入ってきたとき、ぼくのB意はすでに暴発寸前に思われた。ぼくは平静を装って、あくまでも大ではなく小の方を想像させるような気軽な感じで、医師になにげなく「トイレに行きたいんですが」と言った。欺瞞は欺瞞を呼ぶものなのだと自身に言い訳をしつつ。しかし医師は騙されなかった。

「我慢してください。行っても出ません」

 とこの医師にしては、かなり明確にぼくの要望を拒絶した。ぼくのB意は弱まりはしなかったが、真実に欺瞞が怯んだ気配があった。

 ぼくは医師の言葉を信じて我慢した。じっさいぼくは手術が終わったばかりのクリーンな患部を最悪な形で汚染して、医師から再手術を宣言されることを恐れた。

 ところで欺瞞的なB意はどこか本質的な部分でホンモノのB意と違っていて、なにかしらフェイクっぽい感覚があった。しかしフェイクだから我慢できるかというと、それはまた別な話で、B意がB意であることには違いはなかった。B意が必要に迫られているために生じていても、必要でないのにたまたま副作用として(それは例えば右を押したら、左が出っ張るような事情で)生じていても、B意は紛れもなくB意でありつづけるのである。そこが中国製の偽ルイ・ヴィトンと違ってB意のような形のない感覚やら感情やらのやっかいなところだ。

 今振り返ってみて、今回の手術で一番辛かったのは、このB意を我慢している時間帯だったとおもう。なんとか競り勝ったと安心しかけていたところが、ロスタイムに予想外の猛攻を浴びて肝を冷やしたような気分だった。

 そして偽のB意は自身が亡霊であったことを認めるように、ゆっくりとぼくの身体から出て行ったのだった。


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# by bbbesdur | 2017-07-21 20:05 | health care

#697 痔の話 第21回

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 医師はおそらくは本来使用するはずだったメスではない、おそらくは大きめのメスで手術を始めた。大きめと思ったのは医師と看護師が交わす会話の端々に「小さい」とか「細い」といった単語が現れては消えていたからだ。ぼくはアジフライを作るために、マグロ用のぶつ切り包丁を使っている板さんの苦労を思った。とはいえ、一流の板前であれば可能ではないのか。プロとはそういったものではないのか。なくても出来ると言い切った医師の自信を信じてみてはどうだろうか。ぼくは俎板の上でそう思ったのだった。

 いったいどういった手順で手術が進行しているのか皆目見当がつかなかったが、肉がこそぎ落とされるような「シャー、シャー」という音がある程度のリズム感を伴って、ぼくの耳に届いていた。すべての作業がK門鏡と呼ばれる筒状の金属の中で行われているはずで、ほとんど直腸に近い奥の部位にどうやって正確にメスを入れるのか、ぼくは不思議だった。

 穴の背中側が切られるとき、少し痛いような気がして、医師に告げた。

「ここは括約筋が近いところなんで神経が敏感なんです。ちょっと麻酔を足しましょう」

 そう言って追加される麻酔の注射が痛いのが辛かった。そしてまた「シャー、シャーと」という音が、今度はお尻の骨にやや反響しながら聞こえ始めた。

 そんな作業がおそらく20分くらいつづけられたはずだ。医師はぼくに「大丈夫ですか?」と声をかけた。ぼくは「大丈夫です」と答えた。

「これから穴の奥側を縫います。これが終われば完了です」

 医師はK門鏡を奥に進めたが、ぼくのK門は音をあげ始めていた。手術の痛みというよりは、押しつけられたK門鏡が辛かった。たぶん医師はそんな状態を知っていて、手術が最終段階にあることを知らせて、患者の忍耐を要求するのだ。ほんとうにこの医師は患者の気持ちをコントロールすることに長けていると恨めしい気持ちでそう思った。

 これが終われば完了というわりには作業は長かった。しかしすべての物事には終わりがあり、あらゆる苦痛には終わりが来ると信じて、ぼくは目の前の美しい海岸を見つめつづけた。

 縫合部分を固めるために、念のためにジオンの注射を打つと医師は言った。ぼくはいったい何本注射を打たれたか、すでに思い出すことが出来なかった。縫合部分にジオン注射を打つというのは、おそらくはこの医師の経験から来る独自の処置方法だと思う。

 そうしてまたK門鏡がお尻に入っていき、ぼくは激しく呻いた。

「大丈夫ですか?」

「はい」

 大丈夫ではなかったが、ぼくはそう答えた。この最後の最後に来て、もう痛いから止めてくれと言るはずもなかった。そしてまたしても注射は痛かった。転んで擦り傷だらけになった膝小僧に紙やすりをかけられるような気分だった。

 そうして手術は終わった。ほんとうに終わったのだと、ぼくは目の前に打ち寄せる透明な波を見つめながら思った。


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# by bbbesdur | 2017-07-16 09:50 | health care