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#756 パタゴニア・フィルム『they/them』―ONE CLIMBER\'S STORYを観て_a0113732_15232087.jpg

 昨年の大晦日にパタゴニアから送られてきたメールに、2021年を締めくくるフィルムとして『they/themというドキュメンタリー・フィルムが紹介されていた。年末のバタバタした中で観る気にはならなかったので、年が明けて、落ちついた2日に観た。パタゴニアが製作したフィルムはかなり観てきたが、この『they/them』は私にとってのベストフィルムとなった。すべてのパタゴニア・フィルムに共通しているように、このフィルムも極めてストレートな内容で、見終わった後に、やっぱりいろいろと考えさせられた。

 フィルムに登場する主人公はトランスジェンダーのクライマーだ。飾り気のない人というのは、こういった人のことを指すのだと思う。実際のところ、フィルムの中の彼からは、飾り気どころか、「ありのままにに生きるしか方法がない」という切実さがダイレクトに伝わってくる。

 私たちが実際にフィルムの中で観ることになるのは、主に彼が難しい崖を登っている姿だ。落ちては、めげずに再チャレンジし、ついには崖の上に到達する、というドラマ構造を持ってはいる。崖には、見えない未知のルートがあり、彼にとってクライミングとは、その道のルートを探ることなのだ。しかしフィルム製作者の念頭に、もしも初めから、崖を彼の人生に例えようとするアイディアがあったなら、製作を終えた時にその自分のアイディアがどれほど陳腐な、ニセのレトリックだったかと反省することになったかもしれない。山登りを人生に例えるのがバカバカしくなるほど、彼には登ることが人生そのものであることが、ひしひしと観る者の胸に迫ってくる。マロリーの「そこに(エベレストが)あるから」が、山に取り憑かれた者が発した言葉ならば、このフィルムの主人公ロー・サボウリンが発してるのは、山にしがみついている者の祈りであり、「そこにあるから登る」のではなく、「登らないと生きていけない」から登るのだ。

 

 今、私はこの人物のことを「彼」と呼んでいるが、実のところ、それが適切な呼び方なのかどうか、自信がない。そもそも、この人称の問題が、この主人公の人生を必要以上に複雑で、難しいものにしてきたのだ。

 もし私自身が自分の人生の過程で、自分の性を疑い、自分自身で判断し、その結果を社会に向かって申告する、という作業をしなければならなかったとすると、そこには間違いなく別な、それもかなり過酷な、人生が待っていたはずだ。ただでさえ面倒臭いこの社会の中で、ややこしい人生を送らなければならないというのに、トランスジェンダーの人々の多くは、人生の開始早々、いきなり自分と向き合わなければならなくなる。しかも他人はおろか、親にすら相談できない状態で、単身、薄暗い迷路の中に足を踏み入れていくのだ。どれだけ恐ろしいことなのか、想像もつかない。足が竦むほどの恐怖に打ちかつために、実際に足が竦む崖が必要だったのだ、というお気楽なレトリックを思いつく自分が情けなくなる。

 オスとメス、男と女という、地球自然界の維持都合で押しつけられた生殖願望から発生した私たちは、悲しいことには、どんなに必死であがいたところで一人では生きてはいけない。人は生まれたその瞬間から人を必要としている。虫と違って、生まれたときから一人で生きることはできないのだ。シスジェンダー(自覚している性と身体構造が一致している人々)はもとより、トランスジェンダーの元女性が、男性になったところで、やっぱり誰かを好きになる。生まれながらにして他者依存生物である人は、関係性の中で生きていくしかないのだ。このフィルムの素晴らしさは、トランスジェンダーというフィルターを通すことによって、人間同士の関係こそが何よりも重要で、性別なんて取るに足らないことであるということが、理屈っぽい説明抜きに、観ている者に伝わってくることだ。母親との関係、友人との関係、恋人との関係、その関係性こそが、この主人公の生命を支えていることがわかる。すべての人にお薦めします。「性なんて、くそ食らえだ!」っていう気になる映画って、これまで観たことないでしょ?


# by bbbesdur | 2022-01-05 15:24

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上 : Doug Daufel 下:Dan Daufel


 グラファイトロッドをそもそもの初めからスクラッチで開発するとなると、カーボンシート設計から始めて、マンドレルを発注し、業務用の冷蔵庫で冷やしたカーボンシートをカットし、丸めてマンドレルに巻き付けて焼き付けるというブランク製造過程が必須だが、それは専業のグラファイトメーカーのやることで、MOSTLY BAMBOOにも書いたが、その工程をすべて自社でやっているのは、日本ではカムパネラくらいしか思い当たらない。もし自分でブランクを製作できないとすると、グラファイト加工業者に「こんな感じで」というような発注の方法になる。そこから始めて、自分の思ったアクションに到達するためには、加工業者との無限の行ったり来たりが必要で、それをやるにはそれなりの予算が必要だし、何よりもテキトーなところで妥協しない強い意思が必要だ。この無限の行ったり来たりを、10数年間、執拗に繰り返したのがこのふたりで、その結果として今回のロッドがある。正直なところ、私は本当に完成するとは思っていなかった。

 今、私の手元にあるのは、ポール・ブラウン設計のワールドクラスがベースになった904Lだが、もう少し一般向けにテーパーを調整したモデルがひとつあるということだ。そっちは振ってないので、どんなアクションかわからない。

 904Lのアクションは極めて独特で、最初に書いたように、ヤワなロッドが好きな日本のベテラン・フライフィッシャーは絶対にハマる。バンブーロッドで言えば、ビアーネ・フリースのヌードルだが、それをグラファイトで実現しているところが凄まじい。バンブー素材の9フィートのトラウト用ライトロッドで、私が実釣で使えると思った竿はこれまで一本もない。世界は広く、ネッシーだって、U F Oだって、雪男だっている可能性はあるが、イエローストーンで一週間ぶっ通しで振り続けることのできる9フィートのバンブーロッドがこの世に存在しないことは確かだ。だからこそMontana Brothers Rodworksのこのロッドは私にとって唯一無二のロッドになると思う。柔らかいのに、もたつかないし、9フィートなのに軽い(これはグラファイト・ロッドとしては珍しくはないかもしれない)。

 何よりも、特徴的なのは、自分のキャストが見えることだ。マズいバックキャストをすると、そのマズさが、そのままラインに現れるし、逆もある。その現れ具合がなんというか、とっても素直かつ繊細なのだ。自分自身では客観的に見えていないキャストを、ループにして可視化しているようだ。こういうリスポンスのロッドはバンブーであっても少ないし、多くのグライファイトはマズいキャストを勝手にスピードアップして、リカバリーしてしまうから、自分のキャストの悪さがわからない、だから進歩がない。逆に言えば、キャストに自信がない人には、ロッド側にバックアップしてくれる気がサラサラない、冷たいロッドに思えるかもしれない。

 F1レーサーが車幅にしてミリ単位でステアリングを調整するように、このロッドは微細にキャスターの意図を汲み取ったプレゼンテーションを可能にするだろう。

9フィート4wtというスペックが日本のどこの、どういった釣りにマッチするのか、私にはよくわからない。私自身ではこのロッドを日本で使うことはないように思える。逆にイエローストーン、特にヘンリーズ・フォークで釣りをする日本のフライフィッシャーにはこれ以上に薦めたいと思うロッドはない。自分の腕の延長が欲しい人には無条件で薦める。

 親しい友人が作ったロッドというのは、自分でも意識しないまま、ひいき加点をしてしまうものだ。そう言った点で、このレビューは100%正確ではないかもしれないが、90%は正しいと思ってる。実際アメリカのベテランフライフィッシャーの間で、このロッドがかなり話題になっていることは事実だ。そもそも専業じゃないので、製作本数も限られている。現時点で半年から8ヶ月のバックオーダーだけれども、もし興味があれば

mbrflyrods@yahoo.com.

へ連絡してみてください。ホームページはまだありません。実は価格も聞いてません(笑)!


# by bbbesdur | 2021-11-11 20:15 | flyfishing

#754 Montana Brothers Rodworks  その2_a0113732_21105432.jpg


イエローストーン周辺で釣りをするなら、どうしたって長めのロッドに分がある。日本の一般的な渓流に比べるとはるかに川幅が広く、流れが重い釣り場が多いからだ。だから地元のショップや多くのガイドブックは9’00 5wtの(グラファイト)ロッドを薦める。それでも私は何とかバンブーロッドを使いたいから、ムリを承知で7’6” 4wtという選択をしてきた。7’9”以上は重いし、5wtにするとさらに重いからだ。1日、2日程度なら何とかなるが、1週間そのロッドで通せと言われると厳しい。普段日本の渓流(北海道を含めて)で感じることのない7フィート半ロッドの手返しの悪さに辟易するのだ。ともかく疲れる。

実はサラリーマン時代、勤続30年のリフレッシュ休暇なるものを利用して、人生で初めて夢のイエローストーン1ヶ月滞在というのを敢行したことがあったが、3週目の後半に身体に異変を感じた。ロッドを振ると背中の右側に痛みが走り、呼吸が苦しくなった。ブルーリボンのジャッキー・マシューズ(クレイグの奥さん)にエニスにいるカイロプラクティック施術師を紹介してもらったが、結局治らないまま帰国の途に着いた。帰国して整形外科に行ったら、筋肉痛ではなく疲労骨折と言われた。骨折するまでロッドを振るなんて。私はフライフィッシングに全人生を賭けている自分を愛おしく思った(爆)。

 それ以降、イエローストーンで使うロッドには、結構気を遣っている。バンブーロッドで通したいのはヤマヤマだが、思い通りにいかないことがわかっているシーンで、我を通そうとしてもロクなことはない。私も歳と共に丸くなったらしく、ヘンリーズフォークやマジソンでは素直に9フィートのグラファイトロッドを使うようになった。

 でも本当はイヤなのだ、グラファイトロッドのあの無用な反発力が。なんだかキャストしている気がしないのである。だからといって長めのバンブーロッドをこの歳で振り回していると、疲労骨折じゃ済まなくなるかもしれない。フライロッドを振れない時間は、そのまま人生の浪費である。

 だからDoug& Danから、現実的には入手不能なポール・ブラウンの名竿ワールドクラスのコピーロッドを作っていると聞いたときには、将来が明るくなった気さえした。すぐにでも欲しかった。でも知っている、世界は私中心に回ってはいないのだ(信じられないことに!)。傍目には製作は遅々として進まず、かなり難航しているように見えた。作っているという話を聞いてから5年経っても、完成する気配はまるでなかった。というのも、彼らは専業じゃないから、週末と夏休み以外はそうそう時間が取れない上に、もちろん釣りに行かなくてはならないのだ。信じられないことには、ふたりとも堅気の銀行マンなのである。その3につづく。


# by bbbesdur | 2021-11-06 21:14 | flyfishing